Wakefield(Gissingの生誕地)
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5月9日(月):
 今日はバスでウエイクフィールドを訪ねようと思っていた時、女将がやって来て、今日出ていくのだろう、 何時頃になるのかと訊いてきた。そんな馬鹿な! 僕は今夜もここに泊まるつもりでいるのに・・・。彼女は 一昨日(土曜日)を含めて3泊と計算していたのだろうか。あなたの娘さんが初めて僕を部屋に案内してく れた時にも説明したし、宿泊料金を前払いした時にも再度確認した筈だ、と言う内容のことを頭の中で英作 文していくような感じで、僕は何度も繰り返し説明した。腹立ちと不安感で必死の思いだった。
 僕の聞き取りの力は決して良い方ではなかったが女将の言う事から推察するに、急に団体客の予約が入っ たらしい。出て行って欲しいという気持ちはかなり強いようであった。この女将さんには初めて会った時か ら厭な印象を持っていたし、部屋にはタオルは置いていない、湯は出ない、昨日帰ってきた時もゴミは捨てて いなかった。今まで宿泊した中で一番感じの悪いゲストハウスであった。
 僕は意を決して、計画を変更したからもう出て行く(その時は何処か他を探そうという気になっていた)、 それで一泊分の4ポンド返して欲しいと言った。僕の言うことが相手に通じたのか、女将はそれでは私につ いて来いと言って、5ポンド紙幣を手に持って外へ歩き出した。ゲストハウスを紹介してくれるようだ。後を ついて行くと女将は僕にあなたは大学の学生かと訊いてきた。僕は敢えて黙っていた。
 相手の言う言葉が完全に理解出来なくても、言葉の感じや顔の表情でその人がどんな人柄なのかおおよそ 判るものだ。この女将には最初から厭な感じを受けた。全く tricky な女性だ。それに、朝食の時、隣の席 の客の残したパンやミルクを僕に出すとは、それも僕の目の前で! 僕のテーブルにはミルクは充分にあっ た。なのに隣の客の残りを僕の前のミルク瓶の中へつぎ足した。そんなことを平気でやる女将だ、無愛想な 顔をして!
 女将の問いかけには応えずに僕は黙って後について行った。しばらくして彼女は "I'm sorry." と言った。 そこは直線距離にしてすぐ近く、隣の隣くらいにあった。BLENHEIM HOTEL, 今夜はここに泊まることになる。


 今日は一日中どんよりと曇っていた。Bradford 9:50a.m.発のバスは Wakefield に55分後に到着。 Wakefield から帰る頃、細かい霧雨が降り出した。5:10p.m.発のバスを降りる(6:05p.m.着)とBradford の 町中は濃い霧に包まれていた。
 朝、あんな厭なことがあったけれども、Wakefield では素晴らしく感じのいい応接を受けた。生涯忘れる 事は恐らくあるまい。City Hall の中の Information Bureau の婦人は親切に図書館への道順を教えてくれ たし、すぐ図書館へ問い合わせの電話を入れてくれた。ここは初めてなので地図のような物があれば助かる のですがと訊くと、生憎地図はないのですが、何ならお連れしましょうかとまで言ってくれた。そうした心 遣いが何より嬉しかった。
 WAKEFIELD METROPOLITAN DISTRICT LIBRARIES WEST RIDING COUNTY LIBRARY
Headquarters: Balne Lane Wakefield
 図書館は難なく見つかった。ドアを開け、カウンターにいる若い女性にギッシングのことで来たことを告 げると、彼女の表情が微妙に変化したことを僕は見逃さなかった。これは僕の自分勝手な想像だが、恐らく 彼女もギッシングを好意を持って読んでいるに違いない。でなければ、ギッシングと僕が言った時、あのよ うな表情を示す筈がないと思う。その表情は、決して極端なものではなかったが、落ち着いた優しい女性な ら感動した時にきっと示すに違いない、微妙な表情の変化であった。彼女は僕を二階にある Gissing Collection の部屋に案内してくれた。そして、すぐ近くだから行ってみるといいですよと言って、ギッシングの生誕地 を地図で教えてくれた。George Gissing's Birthplace: 60,Westgate and 2&4, Thompson's Yard
 11時頃から午後3時まで僕はその部屋で過ごした。1949年に出版された The Yellow Book の中に Gissing の 'The Foolish Virgin' と E.Dowson の 'Apple Blossom in Brittany' が載っていたので、コピ ーして貰うことにした。カウンターのその女性は快くコピーを引き受けてくれた。領収書には 'M.Hargreaves' と彼女のサインがしてあった。図書館を出る時、僕の感謝の言葉を受ける彼女の表情も強く僕の心に残った。 全くあの女将とは天と地の差、天使と witch 程の差だ、と言えば言い過ぎか・・・。
 卒論に対する僕の心は決まった。それは、僕の Gissing に近づく踏み台になるようなものにしたい、と強く 思っている。
G.Gissingの生誕地  Gissing の Birthplace はすぐに見つかった。現在、人が住んでいないような様子であった。裏手に続く建物 の一部は壊されていて、煉瓦がむき出しになっており、空いた場所には車が数台駐車していた。あそこは必ず ギッシング記念館のようなものにするべきだ。僕も心からそう願っている。
 Yorkshire へ来たことは本当に良かったと思っている。そしてこの1ヶ月の旅行、それを含めた3ヶ月の 英国訪問はこれからの僕の人生の出発になるだろうし、また、そうしなければならない。大学を中退し、理系から文系へ 方向を転換したことは決して無駄ではなかったのだ。またこれからも無駄にしてはならない。中退しなければならなかった必 然性があったのだから、今後の僕の歩みを無駄にしてはならない必然性もなければならない筈なのだ。僕の 心は何か新しいもので充たされ始めているように感じている。この人生の充実した感じを、一生涯、僕は忘 れてはならない。



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