ストラットフォード
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町の中心地にあるAmerican Fountain 4月29日(金):
 Oxford 10:45 着予定の National Coach は約20分遅れて到着した。Stratford へ行くことを確認して、 乗り込む。乗客は半分も乗っておらず、窓際に座る。このバスはロンドン9時発なので、約2時間かかって いる。London - Oxford 間、バスだと列車の約2倍かかるようだ。
 Stratford に着いて料金を訊くと、1ポンド15ペンスだと言う。ポケットから小銭を出すと5ペンスが 2枚、2ペンスが2枚、1/2ペンスが1枚あった。1/2ペンス不足だが、運転手はそれでいいと言った。
Shakespereが埋葬されているHolly Trinity Church  Stratford はこの前(4月16〜17日)ボーンマスからバスで来ているので、道に迷うことはない。 Nando's Wychway Guest House は 18 Eversham Place にあった。オーナーは Francisco Garcia という人 で、とても気のいい人柄に見受けられた。部屋に案内された時、部屋が明るくとても感じがいいのに驚く。 この前来た時泊まったゲストハウス(このすぐ近く)と比べて雲泥の差だ。
 宿帳にサインをした時、Barry Isaac のサインを見つけることが出来た。彼は Sabbatical Leave(研究休 暇)を利用して世界中を旅行しているアメリカの小学校の先生で、僕がボーンマスからバスでブリストルへ 旅行した時、バースで出遭った。その時このゲストハウスを教えてもらった。彼は "I think I was treated like a king." と書いている。日本人の名前も比較的たくさんあった。4月23日のシェイクスピアの Birthday(and Deathday)には3〜4人の日本人がここに泊まったようだ。このゲストハウスに宿泊した殆ど の人が Excellent などと感謝の気持ちを記している。
 5月3日夜の 'The Midsummer Night's Dream' は予約できた。£4:00と£5:00の席しか残っておらず、 4ポンドの Stall 席を予約した。これで再度やってきたことの目的が果たせそうである。同時に今日の マクベスの Standing Ticket を買う。80ペンス。
 Royal Shakespere Theatre Picture Gallery に入る。シェイクスピアや登場人物の肖像画が年代順に展示 されてあったが、それ程の印象は受けなかった。2時頃に入り3時半頃に出てきたが、外はひどい shower!   雨にアラレも混ざっていた。半時間位で止んだが、(イギリスのシャワーはすぐに止むのだが)その時は我慢 できずに雨の中に飛び出し、濡れて帰った。主人が僕の姿を認めたのだろう、ドアをすぐ開けてくれた。
 風呂場で温いシャワーを浴びて、一息つく。6時過ぎに出て行く。外は晴れていた。傘は持って出なかっ たが、今度は大丈夫だ。劇は別に変わった演出がなされていたようには思わなかったし、80ペンスの立ち 見だったので、大変疲れてしまった。まあ、そのチケットしかなかったのだから仕方ないのだが・・。劇が 終わって外にでると、星が煌々と輝いていた。レストランへ向かうお決まりの途は取らずに、真っ直ぐ宿へ、 寂しい近道を歩く。人通りはあまりないが、店には明かりがついていて、人声が外に洩れてきそうな感じで あった。10時半頃宿に着く。


Shakespereの妻Anne Hathaway's Cottage 4月30日(土):
 町の中心地 American Fountain から Anne Hathaway's Cottage へ行く。歩いて30分もかからなかった。 途中、テニスコートでは Grammar School for Girls の生徒達がテニスをしていた。
 Cottage の裏手(西側)は丘陵になっていて、そこから Shottery の町は勿論のこと、遠くストラット フォードの Holly Trinity Churuch の尖塔が鮮やかに、R.S.Theatre の建物も見渡せた。土曜は学校は 休み、小学生達が原っぱでフットボールの真似事をして遊んでいた。
 Holly Trinity Church にはこの前来た時に入ったので、その横を通り、Avon 河に沿って南の方へ歩い て行った。・・・何故して今俺は一人で歩いていなければならないんだ!・・・等と答えが返ってこない 問いを自分に発しながら、感傷的になっていた。・・・俺の部屋は Twin 用だ。広いベッドで昨夜は一人 ゆったりと眠った。しかし果たして俺はぐっすりと眠れたであろうか。俺の傍らにもう一人いてもいい筈 ではないか。そして、今こうして歩いている俺に並んでもう一人歩いている・・・泣き出したくなるような 寂寥感が一瞬襲いかかる。・・・ Haworth へ行けばどうなることか!・・・
Avon河とHolly Trinity Church  引き返し、エイボン河の劇場対岸のベンチに腰を下ろし、疲れた足を休めていた時、二匹の犬が駆け回 っている光景が目に留まった。よく観ると、雄犬が雌犬を執拗に追いかけ回していた。
 今、5月1日の朝5時30分。昨日は、帰ってきて(4時半頃)、サンドイッチを食べた後、「真夏の 夜の夢」を読んでいると眠くなってしまい、そのまま寝込んでしまったようだ。気が付くと朝の4時半頃 だった。そしてこの日記を書いた訳である。


5月1日(日):
 シェイクスピアの生誕地を再度訪ねる。今日はゆっくりと見て回った。CHETTLE という詩人が1603年 につくった詩の中で、エリザベス女王の死に関するエレジーをシェイクスピアが書かなかったことを非難し ている・・・として、その部分がコピーされて展示されていた。前には気付かなかった。
CHETTLE'S REBUKE TO SHAKESPERE, 1603.
Chettle's poem Englandes Mourning Garment
 Nor doth the silver tonged Melicert,
 Drop from his honied muse one sable teare
 To mourne her death that graced his desert,
 And to his laies opened her Royall eare.
 These lines are considerd to refer to Shakespeare.
 ...contains a rebuke to a poet for not having written an elegy on that event.
    (that event = the death of Queen Elizabeth)
「お気に召すまま」の中の森を連想させる  その後、アーデンの森を求めて戦没者慰霊石塔の方へ向かって歩いて行くことにした。正午に出発し、 3時間弱の、内心こころ細さを感じながらのミニミニ冒険ウォーキングであった。
 ストラットフォードに帰ってきて、ゲストハウスのそばの公園で休憩してから、Hall's Croft を見学す る。シェイクスピアの娘 Susanne とその夫 Dr.John Hall の家。花の咲き乱れる庭のベンチに座っている と、50歳代位のイギリス人が話しかけてきた。夫婦で旅行中とのこと。息子さんが一人いて、今は Leeds 大学の学生であるとか。とても感じのよい夫妻であった。ゆっくり話してくれるので、あなたの英語はとて もよく聞き取れますと言うと、それはよく解る、フランスへ旅行した時、普通に喋られて相手のフランス語 が聞き取れなかった経験があると、笑みを浮かべていた。ほんのちょっとした会話ではあったが、旅の心を 和ませてくれ、印象深い出会いであった。


Shakespereの母、Mary Ardenの生家 5月2日(月):
 Stratford から電車で5分、次の駅の Wilmcote にあるシェイクスピアの母、Mary Arden の家を訪ねる。 メアリー・アーデンは Manor House(地主の家) に生まれた。そこは現在、当時の農家の生活用具が展示さ れていた。僕がこの日の最初の訪問客であったようだ。色々と詳しく説明してくれた。手帳にメモ する量が多くなった。
 Wilmcote は大変静かな町(というより村という感じ)である。車は殆ど通らないし、人影も見あたらな い。と言えば大袈裟になるかもしれないが、そんな印象を受けた。

船旅を楽しむ若者達  鉄道のすぐそばを運河(と思う)が流れており、そこを Lady Irane 号が通った。青年が3人乗ってい たようだ。HIRE と書いてあったから、恐らく借り船であろう。イギリスには運河網が張り巡らされており、 船で旅行できると何かの本で読んだ記憶がある。イギリス人の趣味の一つであろう。彼らに話しかけて色々 訊いてみればよかったと、少し残念に思う。
 3:04 の電車に乗り帰ってくる。
 New Place を訪ねる。Nash's House は再建されたが、New Place は、今は庭になっている。シェイクスピ アが1597年(98年かもしれない)に買い、彼がロンドンから引退し1616年4月23日迄、ここに 住んだと言われている。シェイクスピアが植えたと言われる Mulberry Tree は18世紀に切り倒された。今 はその桑の木を見ることは出来ない。


Shakespereの時代の典型的な民家 5月3日(水):
 朝食が終わった時、フランシスコさんが何処へも行く予定がないのなら Warwick へ行ったらどうかと勧め てくれた。雨が降り出しそうな雲行きであったが、行ってみることにした。インフォーメイションセンター の中に Warwick Castle を上空から撮った写真が貼ってあったので、その名前は記憶していた。途中で小雨 が降り出し、帰ってくるまで止まなかった。が、行ってよかったと思っている。
 中世の城の内部を少しは深く知ることが出来た。イースターホリデイを利用してスコットランドの Edinbough へ旅行したが、エディンバラ城では Dungeon は見なかったが、ここではその地下牢を見学できた。 拷問用具の数々、あの湿った土牢、そして城主の豪華な部屋・・・。
 入場料が£1.00 とは驚いた。今、城は修理中なのだ。
 4:07p.m. の電車で、こちらに着いたのが確か、4:40p.m. であったか。
 Nash's House & New Place のそばの古本屋に入る。偶然にギッシングのディケンズ論(A Critical Study) の初版本(£8)と、New York の D.APPLETON AND COMPANY から1895年に出版された 'In The Year of Jubilee'(£4) の二冊を見つける。
 主人が Richard Bentley & Son から出版された初版本 'The UnclassedJ.K.L'(£165), 'DemosJ.K.L'(£85), 'The Nether WorldJ.K.L'(£120), 'The EmancipatedJ.K.L'(£65), 'New Grub StreetJ.K.L'(£65), を見せてくれた。これは手が出なかった。名刺だけは貰っておいた。 [ROBERT VAUGHAN Antiquarian Bookseller 20 Chapel Street Stratford-Upon-Avon Tel:0789-5312]
 夜、'A Midsummer Night's Dream' を観る。Director は John Barton with Gillian Lynne とあった。 現代人のフィーリングを捉えた Peter Brook の演出とは異なり、オーソドックスな演出であったように思 う。最初森の妖精達の世界が提示された時、一瞬非常に興味を惹かれたし、また当時の 服装でやっていたので眼の方は結構楽しかった。しかし、ピーター・ブルック演出のあの劇を観ているの で、すぐ比較してしまう。恋人達の動きを見ていると、やはりブルックの演出家としての才能は群を抜いている、 素晴らしい、と思う。しかし今日の劇でも村人達の動きは印象深く非常に優れていたよう に思う。特にボトム役をやった Richard Griffiths という役者は際立っていた。



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