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5月4日(水):
City Bus は 10:01a.m. Stratford-Upon-Avon 発、11:00a.m.頃 Birmingham 着。12:35 発 Nottingham
行きのバスに乗り、3時少し前にノッティンガムの Victoria Bus Station に到着。
バーミンガムは素通りしただけであるが、何か薄汚れた、と形容出来るような町である。大きいことは大
きいが、何処か雑然とした印象を受けた。歩いている人も買い物している人も、労働者風の人達に見受けら
れた。初めて足を踏み入れた中部工業都市は、心の何処かに反撥を起こさせるような、薄汚れた町という
印象を僕に与えたようだ。
バーミンガムのバスステイションで待っていた時、60歳位のパキスタン人と言葉を交わし、ノティンガム
迄バスを共にした。彼は1961年に家族もろともイギリスに移民し、現在 PETERBROGH に居住しているが、
今グラスゴーへ行く途中だとか。右手が包帯されていた。仕事中、コンベアベルトに引っかけられ親指の付け
根を深く切ってしまったという。今は休養中だが、9月になればまた仕事に復帰するとのこと。労災保険を
受けているのだろう。週に60ペンスをユニオンに払っていると言っていた。
ノッティンガムの方がバーミンガムより大きくガッシリしている感じ。しかしこうした工業都市はこれま
での英国とは全く違った印象を僕の心の深いところに与えていたに違いない。気持ちが何となく沈んでしま
っていた。Victoria Bus Station に着いた時の僕はどうかしていた。パキスタン人のおじさんが傍にいた
ことも多少影響していたかも知れないが、彼と別れて、僕は重い荷物をさげてあちこちと歩き廻っていた。
疲れてしまった。何故 Information Bureau の所在を誰かに訊かなかったのだろう。何故か言葉が出なかっ
た。かなり億劫になっていたのだ。とにかく僕は、すぐにこの町に溶け込めなかったのだ。
やっとの事で見つけたインフォーメイションビュロウ。そこの女性は全く事務的、機械的で、冷たかった。
こんなことは初めてだ。無気力で愛想の全く感じられない女性であった。リストを見せて、自分で電話しろ
と言う。5〜6ヶ所電話してみたが、みんな塞がっていた。次にかけた所でやっと泊まることが出来た。
税込みで3ポンド78ペンス。P&J GUEST HOUSE, 277 Derby Road. 英国の番地は、奇数番と偶数番は道路
をはさんで向かい合っているということを、このゲストハウスを探していて、初めて気が付いた。部屋は
家族3人用でかなり広い。悪いとは言えない。
5月5日(木):
(今6日夜、これを記す。昨夜は眠くなって、日記は書けなかった。)
10時頃ホテルを出て、市内を歩いて廻った。
城跡があり、辺りは広い公園になっている。城の建物は博物館になっていた。
D.H.Lawrence はノッティンガム州のイーストウッドに、炭坑夫の子として生まれた。しかし、そこまで
足を延ばしてみようという気は起こらなかった。
食料を仕入れて帰り、食べた後、本を読んでいると、昼の疲れの為か、すぐ眠くなり2時間程うたた寝を
してしまったようだ。
この辺りでは、come をコム、 upstairs をオプステェアズ と、[Λ]の発音を[⊃]と発音するようだ。
道を尋ねた時、婦人がコム、コムと言っていたし、ホテルの主人がオプスェアズと発音しているのを耳にし
た。
( Nottingham はこの Bradford に比べたら、まだ上品な方だ。)
5月6日(金):
Victoria Bus Station で National Coach に乗ることが出来た。
運転手に訊くと、あそこの事務所で切符を買ってこいと言う。 Oxford から Stratford へ向かうバスに乗
った時は運転手が切符を切ってくれたので、そのつもりでいたのが大間違い。彼にしてみれば出発までの
あの10分間は Tea Break だったのだ。僕の他に切符を買う人が数名いた。
バスは10:10a.m. に発車。途中 Sheffield と Wakefield(だったと思う)と Leeds に止まり、Bradford に
は 12:40 に着いた。
City Hall の中にある Information Bureau でゲストハウスのリストを貰う。自分で電話して予約するやり
方らしい。ノッティンガムでもそうだったが、ここの案内係の人の方が親切だ。Haworth へ行くと言ったら、
そこの宿泊リストもくれた。
BALMORAL HOTEL, Blenhelm Mount, Manningham Lane. 案内された部屋は二人用であったが、ひどく汚く、
ゴミが未処理のままである。おまけに中から鍵がかからなかった。3nights B&B で(£12.00, 10%Service
Charge£1.20) £13.20 要求してきた。リストには Single で £3.50, Vat and service charge included.
と書かれてあるので、どうしてですかと訊くと、女将はここはシングルルームでないので高いのだと言った。
部屋は中からロック出来ないというのは不安で落ち着かないので、部屋替えを強く要求した。新しい部屋は
宿泊客を迎えるようにきちんと整理されていたし、勿論中から鍵はかかる、前のより遙かに感じがよかった。
明日は Haworth で一泊するから、僕としては今夜と明後日と明々後日の3夜のつもりであった。それがち
ゃんと通じているのだろうか・・・。僕を最初に部屋に案内してくれた女の人(女将の娘ではないか)に、
明日は Haworth で一泊し明後日また戻って来るので荷物を預かっておいてくれないかと、こちらの都合のい
い事を言ったからでは・・・。彼女に20ポンド渡すと、7ポンドお釣りが帰ってきた。女将は抜け目なく
4nights の計算をしたのではないか・・・。とにかくあの女将は感じがいいとは思えなかった。
市内をぶらぶら歩き回って、帰ってきて、さて風呂に入ろうとすると、お湯が出ない。階下へ降りて行き、
訊いてみたが、女将は出かけていない、分からないと言う。それで仕方なく、この日記を書き始めた訳だ。
今8時20分。外はまだ明るい。車の騒音がうるさい。そう言えば女将がこの部屋に僕を案内した時、loud
とか何とか言っていたようだ。この部屋は静かじゃない、それでもいいのなら入れと言ったのかも知れない。
ノッティンガムから北上していくバスの窓から外の景色を眺めていて、まず僕を驚かしたのは Sheffield
の巨大な町の姿だった。Leeds, Bradford と、これらの工業都市は Birmingham で受けた印象とは違って(
薄汚れているという点では似たり寄ったりだが)正に<動いている>という感じであった。まるで巨大な像を
見ているようだ。世界で最初に産業革命をなし得た大英帝国のエネルギーをこの肌に感じることが出来るよう
に思われた。そして『嵐が丘』の主人公、 Heathcliff のあの烈しい Passion もこのエネルギーと無縁でないのじゃないかと思え
てきた。この町ではインド人や黒人の姿をよく見かける。あの右手を包帯したパキスタン人のように移民し
てきた人達だろう。
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