1971年 春
 | 混沌の淵より |  |
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★ 受験生にして受験生にあらず・・・ ★
- 試験中、思考が空転してしまうことがあった。空転とは恐ろしいことだ。これまでの僕は、今思えば、空転のし続けであった。それをあまり自覚することはなかった。それは机上の
空転であったので、気付きもせず自ら恐ろしいとも思わなかったのだ。現実と実際にかかわる時、思考が空転すると恐ろしいことになる。
- 数学は思ったほど解答出来ず、すぐ僕の心に湧き上がってきたものは何か……。明日の試験は放棄してやろう、意識的に、今日駄目だということは試験は徹底的にダメなのだ、それなのに
受けるということは、「右の頬を打たれれば、左の頬をも差し出せ」と自らに命じる、陰にこもった忍従の心理以外のなにものでもないじゃないか! 当初の受験に対する自分の意図は既に実験済み
ではないか、明日きっぱりと放棄するという明確な態度を打ち出すことが、将来の生活態度を暗示するものではないのか、また、そうでなければこれから生涯自らを卑下するという非生産的な生活
態度から抜け出せないのだ、颯爽とした振る舞いは未来を明るく希望に満ちたものにするんだ! 等々、次から次へそんな思いが湧いてくる。しかし、そうこうしているうちに、自分が大変悲しく
哀れに思えてきた。自分の過去を思い出し、現在のこんな状態はすべて環境のせいだ、よき中学へ入学し、そこでたくさん書物を読み、家の仕事は手伝わず猛勉強して普通高校へ進学していたならば、
現在こんなみじめな境涯に甘んじることはないのだ、これまで歩んできた道を、そして生まれ育った環境を考えれば、これでも僕はよくやっている方だ等と自らを慰めるようになってきた。そして
その必然の帰結として、いつものように焦燥感に見舞われ、無性に腹が立ってきた。と同時に、これから生きて行かなければならない現実を想い、恐々として戦き始めた。いかん! こんな気持ちに
なっては駄目なのだと自己を抑制する気持ちと、次の物理の結果如何では、帰り映画館に逃げ込み、自分を大いにあざ笑ってやろうという気持ちが入り乱れ、格闘しながら、池の辺りをぶらぶらと
煙草を吸いながら歩いた。物理はまずまずの出来。それで気持ちはもとへ戻った。
- 明日も受けようと思う。なにも恥ではないのだが(過去の僕の心理ではそうなる)恥の上塗りをしようと思う。恥はかく時は大いにかくべきだ、以後は恥をかかない為にも、僕の場合、
過去の暗い非生産的な心理に逆戻りしない為に、と言った方がいいかもしれない。
- 帰ると、先生から便りが届いていた。速達便だった。明日は、友を呼び出し、大いに酔ってやろうと思っていたのだが……。先生が僕を待っている。心から待っているのだ。僕も先生に
会いたい気持ちでいっぱいだ。しかし、試験が終わって自分の気持ちを整理してから、と考えていたのだが、先生が僕を待っている。明日、試験が終わりしだい、飛んで行こうと思う。
- ♪※♪ ♪※♪ ♪※♪
- 試験のことは今何も考えたくない気持ちだが、それをそのままにしておくことは精神衛生上よくないので、敢えて吐き出してみることにする。世界史はなにも手をつけずに放棄して出て
きた。恥ずかしい、いやこれでいいんだ、こうなるのも当然のこと、むしろハッキリした態度じゃないか、時間が来るまで辛抱しているということは、更に左の頬を突き出す心理に等しいのだ。
これでいい。これより仕方がなかった。
- 先生の用事は済んだとのこと。いつものように先生の話を聞く。一高の寮歌を教えてもらった。一高受験に失敗し、都落ちだと称して、高校は四国高知へ行った先生……
「もう十時半、
そろそろ………」僕は小声で言った。もっとはっきりと暇を告げればよかった。しかし、先生の中にそうさせないものを感じた。先生のあの寂しそうな顔を僕は見たくなかったのだ。「まだ早いじゃ
ないか、まだまだ電車はあるだろう……」と先生が言ったものだから、また僕は椅子に腰を下ろした。…僕はどうも先生の前に出ると、ハッキリした自分を出せないのだ。これはどうしたことだろうか? ……
- 先生は先生の知り合いのある人の性格を評して、「オープンハーティッドじゃない。何を考えているのか全く解らない。陰湿だ。それが過ぎると、いわゆる陰険というやつだ」と言った。
その言葉は僕の神経をピリピリと震わせた。急に不安が襲いかかる。とっさに、それは僕について言っているのだと思った。
・・・・・こう思ったのも無理はなかったのだ。僕は先生のテストはどうだった
という問いにハッキリとは答えなかったのだから。また実際、そういう自分の性質(決して陰険ではないのだが……)を自覚しているのだから、当然だったと思う・・・・・
- 僕は不安な思いで家路を急いだ。何ということだ! その時には未来に光を見いだすことは出来なくなっていた。また失敗した!という気持ちだった。そんなことではいつまで経っても、お前は
新しいお前になれないぞ、としきりに自分に言って聞かせた。自分が厭だった。感覚は重々しく鈍かった。
- しかし、先生はそんなつもりで言ったのだろうか? ……そうではなかったのかもしれない。疑えばきりがない。もしそうだとしても、正確な批判なのだ。僕は素直に聞かなければならない。
何もこだわることはないのだ。素直に聞き入れて、自分を変革していかなければならない。今度会った時はハッキリと言おう。何も隠すことはないのだ。
- もう寝ることにしよう。目が覚めた時、しあわせがやってきますように……。
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★ 修 羅 ★
- 北野シネマで「修羅」と「越後つついし親不知」を観る。
- 修羅は最初から観なかったが、話の発端はおおよそ推測出来たので、出ることにした。いや、自分の精神の混乱を恐れたのかもしれない。
修羅は本当に凄い迫力で僕にせまってきた。
人間の憎しみや怨念がリアルに、見事に描かれていた。主人公の武士が、百両を騙し取られ、愛している女に裏切られる。武士は怒り狂い、憎しみの塊となってその女と女の愛人を殺害するのだが、女の愛人は
人違いであった。その時、殺害の現場近くにいた、全く関係のない男三人も武士の手に掛かり殺される。一人の男の胸の一部が切り裂かれるところなど、一瞬目をそむけたくなる程だった。女の愛人というのは、
親から勘当されている一見優男風で、親の許しを得るのに百両がぜひ必要であった。それで悪知恵を働かせ、女を使って武士を騙し、金を取らせたらしい。一方武士は、女の愛を得んが為に武士道を捨て、討ち入り
の仲間から外れている。愛の為に武士の魂を捨てたのだ。ところが女の愛は偽物であったということが分かり、憎しみの刃がめらめらと燃え上がる。正に世紀末的苦悶の極み……。女の首を前に置いて酒を飲む
ところなど、日本的男性サロメではないか! また金に執着する人間の心のいやらしさ! ちょっとした偶然が真面目な人間の人生の歯車を狂わし始める。偶然に偶然が油を注ぎ、歯車は全く狂ってしまい、
罪のない人までもが巻き込まれ傷ついていく。
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★ また、繰り言 ★
- 淋しい。この空洞を何かで充たさねばやりきれない。この孤独は……、現代人はみな孤独だと云うが、この孤独、僕の孤独はどういう形態をとって現れるのか。僕は僕なりの孤独の中にいる。
何かで充たさなければ僕は耐えられないのではないかと思う。自己の能力もかなり分かってきた。いや、そう云ってはならない。能力なんて厳密には規定出来ないのだ。規定しようとするところに大きな
危険が潜んでいる。能力を疑う暇があるあるのなら、その分だけ努力せよ!だ。自分の才能を疑うほど愚かなことはない。才能は常に高い所を志向する時、研ぎ澄まされるのだ。但し、生まれ育った環境、
現在置かれている境遇等により、かなりの規定を受ける。この規定は本人がするべきものではない。もし本人がする場合、必ずそこに何らかの諦念が含まれるから。
- 僕はまだ自分の将来の道を決めあぐねている。これは一体どういうことだ。気が多いのか、それとも消極的すぎるのか。思えば、高校時代からずっと、思い悩んでばかりいる。何がひっかかって
決心がつかないのだろうか。若者らしくひとつの夢の実現を追い求めて、力一杯身体ごとぶつかってゆくような生き方。やりたくてやりたくてうずうずしているではないか! それがなかなか出来ない。
そうだからこそ、その壁をぶち破っていくところに生き甲斐も生まれてくるのじゃないか! 自己を打ち破るだけのパトスがなければ何をやっても駄目だ。
- 僕の夢とは?……一度外国へ行くこと。本当なら英文学研究の為、一度はその国の生活習慣を肌でじかに感じてみたい、とならなければならないのだが、僕が英文学……、この微かな違和感。
そこには自分の才能の問題が絡んでいるのか、生活者の気持ちが混入しているのか……。それらが僕の心の何処かでひっかかっていて、思考を空転させているのだ。
- 僕は先生をかなり意識している。しかし、自分の才能が文学研究に、或いは自分で作品を創り出すということに、充分耐えられる代物でないのなら、努力してやってみた結果、そうだと判れば、
仕方のないこと。何処かの学校の教師に落ち着いてもそれでいいではないか。しかしそれが許されるのは、それこそぶっ倒れる位やってみた後でのこと。
- いや、ここである程度自己を規定しておこう。僕は大した人物にはなれないだろう。大した人物とは、後世に名を残すという意味での大人物。今、こんなことを書くのは恥ずかしい気がするが……。
かと云って、これこれの人物にしかなれないんだと諦めにも似た気持ちで自己を規定するのは、自分があまりにもみじめで、腹立たしい。であるから、これは今の僕の意識の水準では考えても空転してしまって、
決して実のある結果は得られない。それで、今はこんな愚かしいことを考えることは止めよう。
- 今となっては、僕の進路は英語を離れては考えられない。僕は将来、英語に関連した道を歩むであろう、またそれしかないのだ。このように自己を規定しておこう。
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★ 再生への足場 ★
- 今の大学は全くなっていない。僕は退学したことを後悔していない。寧ろ清々する気持ちだ。不義にして富み且つ貴きは我において浮雲の如し! 正にこの気持ち。僕の自尊心は今迄この言葉の中に
あったのではなかったか! 高校時代、少なくとも高2の10月頃までは、僕は誰の援助も受けないでこれだけやっている、という自負があった。その自負は、どういう処から湧き出て、或る歪みを受けている
からこそ可能なのだ云々ということが分かった現在でも、僕はその自負を心の奥底で持ってもいいのだ。これは、僕の環境が僕に与えてくれた宝物だ。大切にしなければならないと思う。僕の周囲は下品で厭ら
しいものばかりではないのだ。一見下品なように見える動作の中にも、その奥には必ず素晴らしいものがあるに違いない。その人は無意識に振る舞っている故に、宝物は案外なんの汚れも受けないで、宝物の
ままの姿を保持しているものかも知れないのだ。僕は自分の出自の内幕は嫌悪する。しかし、その奥に潜んでいる純粋な苦しみ、悲しみまでは嫌悪しない。どうしてこの僕にそこまで嫌悪出来ようか。僕は今、
至極当然なことを言っているに過ぎない。こんなことが理解出来なかった二月迄の自分を少し軽蔑しているのだ。僕には今、何もない。何もないところから出発しよう。いまだかつて自分の能力を、真の意味で、
試したことはなかったのだ。一度は試してみなければならない。それを試してみた後でないと、僕は社会に対して、人生に対して発言は出来ないのだ。何もない処から出発しよう! 作られた自分を素材にして、
新しい自分を創造しよう! 僕の生き甲斐をここに見いだすべきだ。
- 不正入試を許した大学制度よ! 医学部の古い体質よ! 子に対する盲愛と人間の醜い欲望とが握手した、人生の苦しみを知らない分限者のおっさんよ! 自らの不正を不正と感じられないで居直り、
名のり出ない良心喪失者の医学生よ! 人間の弱みにつけ込んで金儲けを企む偽資本家よ! 暴力団よ! みんなくたばっちまえ! 僕は僕の良心が健在であることを誇る。正義を愛する。それから人の愛を素直
に信じようと思う。
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★ 発表の日 ★
- 足だけが勝手に先に動いて僕を引っ張って行くような感じであった。改札口を出た時、このまま家に向かうのは何か物足りない気がしていた。恐らく僕は、夕食前の中途半端な時間を過ごす淋しい気分を
予感したのかも知れない。足に引かれながら、僕の心はいつしか飯でも喰って帰るとするかという気持ちに固まっていた。
駅前の道路を横切り、パチンコ店の横の何度か入ったことがある「福味」という店の
ドアを押した。と同時に
「いらっしゃい!」
という元気のいい声が跳ね返ってきた。店はまだ混むような時間帯でない。客は一人もいなかった。ウェイトレスが三人いた。暇を持てあましていたようだ。あの快活な
声は三人のうち誰が発したのか分からなかった。
奥の方の席に座ると、年格好が高校生くらいの娘が水とおしぼりを持ってきて、
「何になさいますか」
と言う。水とおしぼりは盆にのせて持ってくる
のが普通なのだが、彼女は右手におしぼりを、左手にコップを持っていた。そしてそれらをどことなくぎこちない仕草で僕の前に置いた。明らかに新前と分かる所作だった。
「何にしようかな……、それじゃ、
トンカツ定食をお願いします」
と言った。彼女の後ろ姿を見送って間もなく、「トンテイワン」という声がはっきりと聞こえた。その聞き慣れない音を了解するのに一瞬、間があった。トンカツ定職一つを縮めたのだと
分かった時、僕の意識は現実の方向を初めて見つめ始めたようであった。それ迄の僕の意識は夢遊病者のように彷徨い続けていたのだった。
彼女の顔の表情にはどことなく愛嬌があり、発する声の調子とうまく調和し、
妙に暖かい雰囲気を醸し出している。僕の全ての感情がいつの間にか彼女の方へひとりでに動き出していた。僕の心の空洞に虹がかかったようであった。テイを強く発音すると、中国人の名前のように聞こえるかな。
今度来た時に、そう言ってみる。そしたら彼女はあっけにとられたようになって、「何ですか、それは」と聞き返してくるだろう。僕はにっこり微笑んで、「君がさっき言ってた言葉じゃないか」と教えてやる。彼女はどのよ
うな顔をするだろうか……。そんな空想を僕は一人楽しんでいた。
トンカツ定食を運んで来たのは彼女ではなかった。残念。彼女だったら、僕はシナリオ通りに「トンテイワン」と言ったに違いなかった。
それ程僕の心は躍っていた。準備運動を充分した後では滑らかな動きが取れる。同様に、心が浮き浮きしている時には突然発する言葉にもリズムがあって、ぎこちない感じは与えないものだ。僕は彼女の笑顔を目の前で見つめて
みたかった。そうすることによって彼女の心にも虹の橋を架けてみたかったのだ。感情が爽やかに波打つ時ほど、生きている、という実感を持つ時はない。最近には珍しい心のときめきを僕は感じていた。トンカツの味などどうでも
よかった。みそ汁の味も全く覚えていない。飯をほうばっては、カウンターの方に視線を送り、箸をみそ汁の椀の上に置いて、一息ついてはまた流し目を送る。ふと我に返り、そわそわして落ち着かない自分の姿を、僕の忌ま忌ま
しい理性が冷笑する。「君はそのようにいくら思ってみたところで、行動に移せないじゃないか! なんだ、その様は!」……僕は平然とした態度をとろうとする。だがやはりとれない。彼女が気にかかるのだ。彼女は同じ年頃の
娘と向かい合って、立った状態で何か喋っている。すぐ横の椅子にトン定を持って来た娘が無表情に座っていた。年齢は立っている二人よりかなり上のようだ。この店の従業員なのだろう。僕の関心は若い二人の方に向いていた。
大学はどうの、何々先生はどうのこうの、喋っている声が時々こちらまで聞こえてくる。彼女たちは多分高校生で、今ここへアルバイトに来ているのだ、きっとそうだろう、と忖度した。
僕はコーヒを注文しようと思い、
手で合図を送った。気付いてくれてもよさそうなものなのに、若い二人は話しに熱中し、座っている一人は音楽に聴き入っているのか、何か考え事でもしているのか、じっと座ったままだ。僕は声を出した。まだ気付かない。
今度は少し大きな声を出してみた。やっと気付いたらしい。彼女は「何処かで声がしたような気がしていたのよ」等と言っている。
彼女がコーヒを持って来た。僕は思い切って尋ねてみた。
「君、アルバイトなんでしょう」
「はい、そうです。今日からなんです」
と言う顔に笑みが浮かんだ。
彼女が去って行く後ろ姿を見送りながら、僕は煙草を吸い込んだ。暫くして、さてコーヒを、と見ると、砂糖がないではないか。彼女が持って来る
のを忘れたのだ。僕は可笑しくなってきた。新前さんの微笑ましい過ち。彼女にとってそれが初めてだったのではないか、と想ってみたりした。
「砂糖がありませんよ」
と言うと、もう一人のアルバイトがすぐに持って来た。
彼女は向こうで、ひどく恥じている様子だった。
その時、五十歳前後の身なりの整った紳士風の男が入って来た。入り口近くのテーブルに腰をおろした。彼女はすぐ、水とおしぼりを両手で持って行った。男はコーヒを注文したらしい。
「コーヒ一つお願いしまーす」
と言う彼女の声が聞こえてきた。暫くして彼女は
「今度は忘れないようにしなきゃ」
と言いながら、わざわざ砂糖だけを先に持って行って、紳士の前に置いた。その態度に僕は爽やかな
好感を抱いた。
店を出る時、彼女に勘定を払うことになった。金を取り出す時、偶然僕は十円玉を一つ落としてしまった。すぐ拾おうとした。彼女も拾おうとした。それが同時だったので、お互い二三度遠慮しあった。結局、僕が
拾い上げた。
「しっかり頑張って下さい」
と彼女に声をかけ、心の中で「新前さん」と付け足して、僕は店を出た。
これで僕は正常な精神状態を取り戻すことが出来たのだと思う。今日は、朝から見に行く必要もない発表を
わざわざ見に行き、その後いろいろあり、半ば夢遊病者のように意識がぼんやりした状態で「福味」に入ったのだった。そしてその店を出てくることによって、僕は普段の自分を取り戻すことが出来たのだ。
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- 貼り出されてある番号をぼんやり見上げていると、背後から僕の肩を叩く者がいる。振り返ると、工学部の○○君(名前は覚えていない)だった。
「弟が受験したんだ。………君、大学やめたんだって。…… 受験したのか。……」
僕は何も言わなかった。言えなかった。彼もそれ以上何も問いただしてこなかった。気まずい沈黙があった。僕は恐れた。何とかしなければ…という思いで、どうしているの、と言うと、あまり勉強しないうちに一年が過ぎてしまった
ようだ、と彼も何かばつが悪そうに応える。「それが人生というものだよ」とこんな言葉が僕の口からこぼれ出てしまった。そして「君も今年は四回生だね」と言った。彼は黙っている。僕は言わないでもいいことを言ってしまった自分を強く恥じた。
ほんの二三分の出来事だった。彼と別れて、一人歩いていると、もう少し彼と話せばよかったという気持ちが起こってきたが、それはすぐに消えていった。その後、急に僕の胸の中に込み上げてくる言葉があった。
・・・・・しかし、人間の状況
を決定するのは関係の絶対性である。ぼくたちは、この矛盾を断ち切ろうとするときだけは、自分の発想の底をえぐり出してみる。その時、ぼくたちの孤独がある。孤独が自問する。生きるとは何かと。もし人間の生存における矛盾を断ち切れない
ならばだ・・・・・
こんなことをしてはおれないぞ。もっと積極的な生き方をしなければ。少しづつ力が全身に漲り出してきた。自虐的な気持ちも少し混じっていた。
スケートでもして気分を変えようかと思っていたが、難波球場で
南海ー中日のオープン戦を観戦することにした。最初、喚声が気になって落ち着かなかった。例の頭痛がまた始まった。球場での観戦は初めてだから、とも思ってみたが、やはりあの時の僕の精神は正常ではなかったのだ。試合が終わる頃には頭痛は
しなくなっていた。と同時に、張りつめた気持ちも消えて、だらーとした気分、ぼんやりした状態が「福味」に入るまで続いていたのだった。
- ・・・今日の僕の心象風景・・・
風の冷たさに 木の葉が散るよ 一人佇む 秋の夕暮れ にぎれ泪を 拳の中に
風の冷たさに 枯れ葉が舞うよ 花をなくした 秋の夕暮れ 君よ語れよ 僕に語れよ
波は轟く われてくだけて 冬に飛び込む 心のように 何故に騒ぐか 磯の鴎は
風の冷たさに 落ち葉も凍る 誰もいない 硝子の部屋で 明かりを灯す 秋の夕暮れ
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★ ブレザーのこと ★
- 昨夜は先生宅に泊まる。今朝、先生のお供をして亡き奥さんの墓参り。先生のお気持ちは如何なるものであったのだろうか……。
- 朝方、僕は寝言を言ったらしい。「君、何かごそごそ言っていたよ」と、朝飯の時先生が言った。暫くして「悪いことは出来ないね。ぼくもよく寝言を言うらしい……」と、少し照れるように言った。昔、奥さんから、それ、女性の名前でしょう、
と詰問されたのだろう。その時僕はあまり気にかけなかった。が……、朝方僕は、例の上着の件について夢を見ていたらしいのだ。そんな記憶が目覚めた後に、かすかに残っていた。
- 去年の五月か六月の頃だった。僕が着ていたブレザーの色に先生は嫌悪感をあらわにしたことがあった。確かに僕もその色には自分の気持ちとしっくりしない感じを少しは持っていたのだが、そのブレザーは母が買ってくれたものであった。母に
してみれば、いつも暗い僕を見ていて、明るくなってほしいという願いがあったのだろう。僕も自己嫌悪で暗くなっている自分を何とかしたいという思いもあって、気分転換のつもりで母の意のままに、少し派手めのを選んだのだが、違和感はないでは
なかった。先生の嫌悪感を知ったその日から、僕は母には悪いなという思いを抱きつつも、そのブレザーは着たことがない。着ないことにしたのだ。その時の僕の気持ちには非常に複雑なものがあったが、羞恥心が一番強く僕を支配していたように思う。
- ひょっとすると僕は寝言で「そんな上着は絶対着ませんよ!」とかなんとか、或る種の敵意を込めて怒鳴っていたかもしれない。先生は僕の寝言から何をどれだけ感じ取ったのか……、それは分からない。僕は気にしないことにする。先生は先生。
僕は僕。先生と僕の関係は師と弟子の関係なのだから―。
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★ 混 乱 ★
- カチカチカチ……この否定的な音はなんだ! やけに気になる。僕の生命を蝕んでいる音なのか。嗤笑の高笑いをあげたい気分だ。……畜生!畜生!畜生! 今日は腹が立って仕方がない。どうしてこの僕が、こんな境涯に甘んじなければならないのか……。
僕に何が出来る…、それが知りたい。自分をどれ位に誇っていいんだ。自分を知りたい。僕の諦念はあまりに大きい。その反動か、望むところがかなり高い。心の揺れが大きく、振り回されている自分に自信がない。時に、自分を強く卑下し、時に、卑下する自分を鋭く嫌悪する。
後に残るのは空しさばかり……。
- 僕は文学をディレッタントとしてやってゆこう。それなら自信が持てる。昨年の先生の言葉を僕はあまりに自分に引き寄せて受け容れた。いや、容れられないのに、無理に押し込もうとした。それで僕は崩壊し始めたのだ。今考えるに、先生の言葉は僕に発せられたのでは
なかった。先生はご自身の過去を意識していた。どうしようもない過去の日々への悔恨の情に酔うが如く、先生は自力で自分自身の壁を破れなかった過去の姿を呪っていたのだ。文学など糞くらえだ! 僕は文学をディレッタントとしてやってゆこう! 僕は大学へは行かないだろう!
僕のやる文学は趣味程度のものであるから、大学で専門的にやる必要はないんだ。
- 中学・高校と、不満足な思いで通過したこと、それに僕の家庭環境が悪作用を及ぼした結果が現在のこの僕の姿だ。それでも頑張った時期もあったのだ。半年間の準備で大学に入学出来た。第一志望ではなかったが…。やる気になれば出来るんだ! その程度の自信は持っている。
- しかし、文学で生計を立てて行くとなると自信はない。才能の質が違うのだ。これはハッキリ自覚しておく方がいいんだ。僕の心は自分の不遇なる過去に対する怨念の情で煮えくり返っている。だが僕のそのような忌まわしい過去は今となっては、如何せん、厳然たる歴史的事実
なのだ。どうすることも出来ない。認めるべきものはハッキリ認める方が、これから先、スカッとしていいのだ。僕は来年就職しよう!…何処へ?…そんなこと分かるものか!…今言えることは、僕は文学をディレッタントとしてやってゆく。この決意は同時に、喪われた生活者意識を奪回
しようとする意志を意味する。誰が文学などやるものか! 僕の心は荒れ狂っている。荒れるなら徹底的に荒れる方がいいのだ。かつては数学の教師になろうという僕なりの夢があったが、どこでどうなったか、消えた。僕は教師などやるつもりはない!
- Y君から葉書をもらう。彼は高校のクラブの一年後輩にあたる。彼は自分の進路を誤ったと気付き、早くから受験に取り組んでいたらしい。僕と同じ年に現役で地方の国立大学に合格した。真面目な青年。急に会ってみたくなり、電話し府中の駅で待ち合わせて、近くの喫茶店で
話をする。
結局、彼は彼。僕には僕の道しかないのだ。殆ど四年振りの再会だが、彼は僕に対して高校の頃と同様に後輩としての言葉使いを終始変えなかったが、それがかえって彼との距離を意識させられてしまったようだ。何処かに齟齬がある。話はあまり弾まなかった。これは
大学紛争に対する関わりの度合いの差によるのかもしれないのだが……。僕は自分の喋ることが自分の中で統一が取れていない、ということを強く意識した。足が地に着いていない証拠だ。彼と別れて、僕は不安な自分、安定感の全くない自分の姿を再確認することとなった。彼は所謂
進歩的な教師となってゆくのだろうか。
- 僕は教師という職には、出来るだけ就かないようにしようと思う。それでは、如何して生きて行くのか?……答えられるものか! どうして現在の僕に答えられよう。僕は孤独に耐えなければならない。しかし、この孤独は何の為の孤独なのか。僕に文学をやるんだという強い
気魄があるのか。……こんな設問はすべて空しい、空しいのだよ。この空しさは何処からくるのか!……。他人のことは放っておけ! 我、我が道を行く。
僕は先生の影響を受けすぎている。こんなはずではなかった!というのが偽らざる心境だ。どうして投げやりな気持ちになるのだろうか……。
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- その日は四時半頃帰ろうとしたが、引き留められた。十一時頃もう遅いのでと言って腰を上げたのだが、また引き留められた。その時の僕の態度、現在の自分の心そのものだ。頗る曖昧であった。先生が僕を引き留めたのは、翌日の掃除を手伝って欲しいという下心があったからではないか
等と、底意地の悪い想像を巡らす。そのことを気遣って積極的に素直な気持ちで何故僕は受け容れることが出来ないのか。そんな自分にひどく腹が立つ。先生と僕の関係もここまで来たか! ……そうでない、そうとは思いたくない。先生の心は変わらない。僕の心がここまで捩れてしまったのか!
- ……しかし、僕の先生を敬う気持ちは高校時代からずっと変わってはいない。先生はひどく孤独なんだ。淋しいんだ。花見にしたって、一般俗人と同じ様に振る舞うことに絶えずある種のためらいを持っている。常に高貴な精神を崩さない。先生の貴族趣味! ……山本(注:周五郎)さんが描く
庶民の立場からは、思いやりのあるお人として喜び迎えられるのであろう。先生は、喜んでもらえるということに人間としての喜びを感じているのであって、決して高慢的ではないのだ。先生は人と人との人間的な情の交流、心の触れ合いを求めていらっしゃるのだ。一人住まいの孤独な身の上を知って
いる僕には、痛々しいくらいよく解るつもりだ。先生はすぐ懐古談をなさる。その時の先生は何処か生き生きしておられる。ユーモアもあり、時々ウィットを効かせて語る話の世界には心の安息出来るところがあるような気がする。いつもあくせくとしてしか生きられない現代人の見失った、何か大切な
ものがあるような世界だ。孤独で静寂な心情を昇華した魂の楽園、笑いの遊技場と言えないか。先生の笑いの奥には哀調をおびた遣る瀬なさ、悲しさが切々と流れている。しかしそれを全く感じさせない程に、悲しみ苦しみを超越している。先生はすぐれた談話家である。それも詩的な談話家なのだ。
- それを聴いているこの僕、……一体何者なのだ? 僕には打てば必ず響くという心が欠けているのか。常に冷たい何ものかが、耳を覆って黙って眼だけで聴いている。僕は先生の貴族趣味に反撥を感じているのか。与える者と与えられる者としてしか、先生との関係を視られない奴、この僕は、
大の大の大バカ野郎だ! ……先生は僕を求めている。先生は僕に虹の橋を架ける。僕はただ美しいと思い、黙って観ているだけ。そこにはただ底意地の悪い忍従の姿だけしかないではないか! 人間としての僕の姿がないではないか! お前の過去の、家族の在りし日の、与えられる者としての屈辱感の
仕業にするというのか! 何とお前は卑小な人間なのだろう!
- 先生には、借金をして生きて行かなければならなかった者の苦労や悲哀感は身にしみて感じられはしない、という僕なりの批判が僕の心の何処かに巣くっているのだと言いたいのだろうか!……。いや、先生こそ、戦後工業高校の教師として、縁の下の力持ちとしての役割を果たして来られ、
一番よく身に沁みて感じられる人ではないだろうか……。苦境にある教え子の前途を想い心配するあの表情を思い出してみたまえ! 我が事のように憂慮しておられたではないか。一体何が先生に対する違和感を僕の心に巣くわせたのか。このことは重大な問題だ。僕は自己嫌悪に陥り、自分を肯定出来ずに
否定ばかりしてきた。自己の土台が出来上がっていないのに否定ばかりしていては、ぐらついて崩れるのは当然ではないか。現在の僕はそれ故の復讐を受けているとみていい。その苛酷さに耐えられない弱い自分に対する苛立ちが、先生に対する違和感となって現れているとみていいのではないだろうか。
先生の言うことは古い、そんなこと言っていては現代社会を生き抜いては行けないぞ!という臆病で弱い自分がそう警告する。だから、大学へは行かない、就職する、こんな弱気な言葉がついこぼれ出たりするのだ。それは、将来の絵を思い描くことが出来ず、社会に足場のない宙ぶらりんの状態でいることの
不安を解消したいと願う弱い自分から出た言葉にすぎない。
- 結局のところ、土曜の夜の語らいで明らかになったように、僕の原点が定まっていないという点に収束していく。如何に生きるべきや! ……先生は、英文学が不安なら、法哲学などはどうかと言ってくれた。法哲学、これは思ったこともない分野だ。
- 僕の人生の座標軸が揺らぎ、原点が止めどなく彷徨い始めた。これは自分で何とかしなければならない問題なのだ。
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★ 投函しなかった手紙 ★
- 自分の過去の意識を追体験することは、意志の弱い僕にとって非常に苦しいことです。何故苦しいか? ……それは僕の意識の中に先生に対する負い目があるからです。しかし、これを明らかにしないかぎり、益々僕は駄目になっていくような気がします。そして、その過酷な苦しみに耐えられない
弱い僕が、先生に或る種の反撥を抱いてしまうことになるのです。そんな自分に僕はどうしても耐えられません。人生にはこのような苦しみしかないのでしょうか。そうではない、そうであってはならない。生きることに健康な笑いを持ちたいのです。幸福な日々を送りたいのです。人生には、現在の僕には
到底想像も及ばないような楽しさが必ずあるものと僕は信じたいのです。
- はっきりしなければならないと思います。面と向かっては自分の思っていることを充分伝えられない現在の僕を認めて下さい。そして次に述べる僕の告白を聞いて下さい。
- 先生の英文学講義をそれとなく仄めかすお言葉に対して僕が何の反応も示せなかったことをお宥し下さい。先生の御好意を素直にお受け出来なかったのは、如何に生きるべきかということに対する僕の不決断、曖昧な態度によるのです。先生の塾で学ぶということは将来、英文学を通じて文学の世界
に入り、文筆をもって生活していくという道を選択することを暗に意味していると思っていました。先生は僕をどのようにみ、何を期待しておられたのか知る由もありませんが、とにかくあの頃の僕はそのように考えていたのです。ところが、僕の中の弱い奴がひょろひょろと出て来て、英文学をやってゆくだけの
能力、いや、芸術的才能がお前にはあるのか、とこう言うのです。僕は自分の才能を疑いました。それに如何に生活して行くのかという事も考えました。日本の社会では、自己省察の内部検討の及ばない空白の部分を、生活意識として残しておかなければ、社会生活を営むことが出来ないと言われています。
しかし文学の世界は社会生活を拒否した世界でしょう。少なくとも文学をやる者の態度として、断然そうでなければならない筈です。それなのに生活という事が僕の頭から離れなかった。いや、それが先になった(のは、自分の才能に自信が持てないからなのでしょうか……ともあれ生活の危惧が先になった)
ということは、結局、僕に文学を本職としてやってゆく資格なし!ということなのでしょう。先生から見れば、バイトに週五日も貴重な時間を使っている僕の姿を、歯痒く、じれったく感ぜられたのではなかったでしょうか。あの頃の僕は、バイトしている自分を嫌悪し、苦しめました。
- 僕に再度大学を受験しようという気持ちが生じたのも、生活者としての道を開いておきたいという俗物的根性によるのです。英語に対する自信在る無しに関係なく、これで既にもう、文学をやる資格なし!………。
- しかし文科に入学しさえすれば、そんな俗な気持ちなど吹っ飛んでしまうんだと自分を納得させ、初めて浪人生活をしていた頃のように、一直線に大学を目指して勉強することなど出来る訳はありませんでした。今やもう、大学の理想的な幻影を思い描ける場所など何処にも存在し得ないのですから。
僕は自分の俗物根性を鋭く否定しました。逃げ場をこしらえておくという不純な考えに我慢がならなかったのです。大学の文科に入れば道は自ずと開けるだろうといった安易な気持ちではいけない。英文学なら英文学を一生涯研究するのだ、その一つの過程として再度受験するのだという堅い決意がなければならない。
このように考えてもいたのです。しかしながら、僕の意識は、どうしようもない捉えどころのない不安の渦の中で、堂々巡りするばかりだったのです。………
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★ 混沌の淵より ★
- …生きられそうだ、この微かな鼓動……
朝の海岸線の上を白鳥が飛ぶように
朝日の挨拶にきらめくように
風が運んでくる潮の香りに
野辺の花々が微笑むように
- 窓の外の柿の木の小枝、その先々に
心地よさそうに、楽しげに
春風の爽やかな波に揺られて
ゆらめく若葉
- ぼくは手をのばして
毛虫を落した
- 雲雀の歌が聞こえますか
れんげ畑で思い切り
転げ回っても大丈夫のようです
- このようなことを書き連ねている時に、郵便物が投函される音が聞こえた。先生からだと思った。書き終えてから、何らかの期待を持って出て行ってみた。案の定、先生からだった。日付を見ると4月15日となっている。今日は15日、消印は14日。
変だなと思いながらも、とりあえず封を切った。途中、ドキッとするところがあって、その箇所を読み返しているうちに心臓が急に大きく鳴りだした。
<人間一人食うこと位、容易いことで、言や犬、猫にその例を待つまでもない。但しこれは動物的生命保存の
卑俗極まる最低線上のもの。それに甘んずるなら又何をか云わんや、だ。>
とあり、最後は次のような言葉で終わっていた。
<「…花より先に暮れゆく春よ…」旧制大阪高等学校の寮歌の一行がふと口をついて出たので、文尾に添えて、ではさよなら……。>
ではさよなら……この言葉が、先の文章の故に非常に意味ありげに感ぜられた。こうしてはいられないと思い、すぐ自転車に飛び乗った。鳳駅構内に入ったが、あいにく踏切事故の為電車は来ない。どれ位遅れるか見当がつかないと言う。落ち着こう、落ち着こう
と自分に言い聞かせるが、心は逸る一方だ。タクシーで行く決心をした。一刻も早く……という気持ちがそうさせた。駅の周辺は車が渋滞していて、のろのろ運転が続く。興奮している気持ちを鎮めようと努めて運転手に話しかけるようにしたが、いっこうに平静にならない。
足がガクガク震えた。胃がゴトゴト鳴りだした。頭がボーとする時があった。そんなことはありえない、絶対にない!と否定しても、すればする程、……ではないかと思う。余計に不安になる。そうではないと否定する一方、神にも縋りつきたい衝動にかられた。
あのような体験は将来二度と起こらないだろう。
- ノックをしたが、出ない。またノックした。やはり返事がない。すると隣の奥さんが出て来られ、先生の行き先を教えてくれた、住所を紙に書き留め、すぐ千里団地へ向かった。心は大分落ち着きを取り戻していた。
- やっとのことで住所を捜し当てた。息子さんの義理のお母様が出て来られ、先生は半時間ほど前に出て行かれたとのこと。今日の朝方4時頃、女の赤ちゃんがお生まれになったのだそうだ。病院の方へ行かれたので電話してあげましょうと言ってくれた。電話で先生の
声を聞いた時、正直ホッとした。待ち合わせる場所を決めて、受話器をおろした。
- 顔を見合わせた時、先生は微笑んでむかえてくれた。がしかし、その奥に複雑なものが読み取れた。駅の階段を上り終えた時、先生は右手で僕の左肩のあたりを軽くたたき、少し笑みをこぼすような感じで何か言った。はっきりと聞き取れなかったが、僕も先生の肩を
軽く押すようにして「最後に、さよならという言葉があったもんですから……」と言った。
- 電車はすぐ来た。車内は混んでいた。先生の表情は固く、何か考え事をしているように黙って立っていた。手紙には、
<この間の話の間に「大学はゆかない」と、僕の耳を擽るような言葉が耳でとらえられたようだったが、そんなこともありうるので、その選択は君の自由裁量、
そこ迄は干渉したくない。が若い頃に、自分の知力、精神力、体力――つまり人間の総合能力の可能性、乃至は限界に挑むことは決して無意義でない処か、是非とも必要なので、そのことは大学受験という特定のコースとは無関係>
と書かれてあった。
「すみません先生、僕、
大学を受けます」と言った。先生からは何の応えも聞こえてこなかった。
- 確か二つ目の駅でたくさんの人が降りたので空席ができた。先生が先に座り、ここへとさっと手で合図を送ってくれた。表情は少しやわらいでいた。座って暫くして、僕が「でなきゃ、絶縁状のつもりだったのですか……」と言った。先生は確か、「ああ」という言葉を発した。
…僕は
破門されたんだ……、と思うと同時に、少しの解放感と少しの屈辱感を味わいながら、寧ろあっけらかんとした精神状態に入っていったようだ。
- 地下鉄動物園前で降り、労務者がたむろする中をかきわけるようにしながら天王寺まで歩いた。旭屋で先生は隣の娘さんの為にラジオ受験テキストを買ってやり、その後近くのレストランに入り食事した。食べ終わってから、僕は会って言おうと思っていたことを話し始めた。
先生はすぐ、出ようと言った。避けるような感じであった。店を出て、僕に言うともなしに「何言っているのかさっぱり解らん」と言った。後は、暫く黙った状態が続いた。
- 帰りの電車の中では、先生は普段の先生に戻っていた。先生の中学時代の恩師のお孫さんが今高校二年で、交換学生の資格を得、アメリカへ行っているそうだ。その恩師の思いで話や、歴史の先生は仏像の絵が得意で、黒板にチョークで、これが夢殿の仏像だ等と言って、見事本物そっくりに
描いたとか……、旧制中学での先生の思い出を語ってくれる口調はいつもの先生であった。
- ではさよなら……。
これを読んで僕は何故気が動転したのだろうか……。先生の真意は何処にあったのだろうか……。僕を突き放し絶縁する言葉だったのだろうか……、そうだろうと思う……、が、よくわからない。わからないほうがいいのかもしれない……。
- 過去をかえりみ、ご自分の薄志弱行振りを認め、家を飛び出し文筆一本、東京で生きていこうという望みを打ち砕いた諸々の条件(家や社会からの圧力、体力のこと、その他いろんな事情があったろうと推測する)を語る先生の口調は、哀しく寂しそうだった。戦後の若者をある意味では
羨ましく思うと言っておられた。その他は全て僕を激励する言葉であった。手紙にある先生の忠告に、僕は素直に、本当に素直に耳を傾けるべきだ。
<要は周辺の事情に耳を藉すことに汲々として自縄自縛、ついに自分を見失うことがどんな投影を何年か先にもたらせるか、凡その見当はつけておくべきでしょう。>
- この一年、再度、英文科を受験するという目標を立て、自分の限界に挑戦してみようと思う。自暴自棄になる心と戦いながら、今度こそ本気で。
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