1999年(後期)
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こうしたい、ああしよう等と心の底から突き上げてくる感情の波。このような強い波があまり感じられない。That is a question! か。毎日、たとえ30分間でもいい、書くという行為を自分に課してみる。真摯な努力の姿勢を持続してゆけるかどうか。ここに突破口が開けるかもしれない。[8.12]
[Idea(1)] 自分のエロスの考察。これはわたしの青春の宿題だ。一度や二度の失恋で女性嫌いになった訳ではあるまいに。少年の頃からずっと家庭の温もりを激しく希求してきた筈のこのわたしだったのに! 何故伴侶を得ようとしないで、得られなくてこの歳まで来てしまったのだろうか・・・。
知人から七夕の日の前日、結婚相手を紹介する
HPを開設したので、是非登録して欲しいとの電話があった。今さらこの歳になって、一人の方が気楽でいい。このような思いでいたわたしは知人の求めにすんなりと応じることができなかった。枯れ木も山の賑わい、ダミーでいいのだからと、気楽に応じればいいのに! そうできない堅さが人生の味わい(甘さでれ、苦みであれ)を
遠ざけてしまったように思われて、複雑な思いに落ち込んでしまった。しかし、自分を建て直し、7月の終わりになってやっと次のような文を載せることにした。実は私(im7mk)は結婚願望はあまりないのです。この歳まで独身を通してきて、いまさら・・・。一人でいる方がはるかに自由で、気楽ですからね。それでは
何故登録したのか? そうですよね、本当に矛盾していますよね。うむ、この矛盾は長くなるので省きます。今の私の本心を言えば、いろんな事について気楽に話し合える人がいればいいな、という気持ちです。E-Mailでは相手の顔が見えない、声が聞こえない。それ故に、本音で言いたいことや聞いて貰いたいことを自由に書くことが出来る。
例えば映画"You've Got E-m@il"を観て感動したとします。その感動を分かち合える人がいればいいですね。気楽に話し合える異性の方が居ればいいな、という思いです。宜しければメールを下さい。
これで知人への義理を果たすことができたと思うことにした。[8.18]
9月からのわたしの生活、詳しく言えばわたしの精神生活に異変が起こっている。’異変’という言葉は適切でないかも知れないが、少なくとも充実していることは確かだ。淀んでいたわたしの人生の流れがまさに始動し出したようだ。そしてその流れにのって泳いでいる稚魚達が身を翻す動きに呼応して、光がキラキラと輝きだしたような
感じなのだ。これがわたしを何処へ連れて行こうとしているのか判らない。しかし、何か大きな力がわたしに働きかけているような気がする。自己のちっぽけな小我を捨て、しんむけいげ、大きな力に身を委ねてもよいと思える心でいたい。
8月の末、わたしのHPを訪ねてくれた方からメールを頂いた。新しい人生の伴侶と共にフランスで生活を始め
ようとしており、その為フランスについての情報を集めていてわたしんのHPに辿り着いたのだそうである。すぐにわたしは返事のメールを送った。ところがそのメールにウィルス(正確には worm program )がくっついて行ってしまったらしい。それがきっかけで、その後何回もメールの交換が続くことになった。
こういう偶然の出会いを
「袖触れ合うも他生の縁」というのだろうか。
知人のHPからはメールが来ないが、その登録でわたしが望んだことが、正に今、実現していることに不思議な感慨を抱いてしまう。この電子空間時代の偶然の出会いに心から感謝しないではいられない。[10.13]
『生きがいの創造』飯田史彦著・PHP研究所
飯田史彦様
わたしの『母への手紙』を先生のホームページ上で紹介して頂きましてありがとうございます。
先日ある方からメールを頂き、先生がHPを開設されていることを初めて知りました。実はここ数日来、わたしのHPへのアクセス件数が急に増えだしたことに気付き、不思議に思っておりましたが、先生が紹介してくださったことを知り、納得しました。
『生きがいの創造』は、8月の末にメールを頂いた方とメールの交換をしている中で、
薦められ読んでみました。こういう機会がなければ読むことはなかったかもしれませんが・・・。その方へのメールの中で述べた感想は今でも変わっていませんので、引用することにします。最近読んだ本の中で、胎児は五〜六ヶ月位になると感覚器官がすべてそろい母親の精神状態がわかるようになるから、その頃から一歳未満までの母親との関係によって子供の精神状態の核が形成されてしまうとあり、現代の科学はここまで解明しているんだ
と感動しました。そして、臨死体験者が共通に見るというヴィジョンはこの頃の胎児の視覚的イメージと関係しているのじゃないか、等と思ったりもしました。過去生については半信半疑なのですが、でも非常に興味があります。紹介して頂いた書物はまだ半分も進んでいませんが、著者の姿勢に好感を持ちました。現在、興味深く読書中です。[9/19]
人間がこの世に生を受けるのは、自らの魂を高めるため輪廻転生を繰り返し、涅槃の境地を目指すとか。涅槃の域に達した魂は、あの書物でいうところの「指導役の魂」なんでしょうか。仏教(キリスト教にも)には地獄なんかがあったりして複雑ですが、こちらの方がもっと単純で明るく分かりやすいですね。生まれ変わるに際して、自分で自分の人生の課題を設定するのだという考えは私にとっては非常に新鮮で面白い発想だと思いました。
今迄に聞いたことがなかったし、自分でも思いもしなかったことですから。しかもそれが著者の思いつきでなく、実際、臨死体験者や退行催眠の被験者達から共通して得られた”考え”なのですからね。
若い頃の私は死後の世界や死後の魂の存在は信じていなか
ったように思います。『リア王』について書いたときも、人間は自分の意志でこの世に生まれてきたわけではなく、自らの死を確認することもできない存在であるけれども、生から死までの時間は人間に属するものであり、その時間に人間は責任を持たなければならない、シェイクスピアの言葉 "Ripeness is all" (成熟がすべてです)の意味するところもそこにあると思ったのです。
私の若い頃は身近な人の死に接する機会は殆どなく、死や死後の世界
について実感的に考え始めたのは私の父や母の死を通してでした。震災の年に母は他界しましたが、その年に観た大林宣彦監督作品「あした」(死者が生者に言い残した事が言いたくて再会の手紙を送り、再会するという話)や山田太一さんの小説『異人たちとの夏』を読んで大変感動したのもその為だったのでしょう。父も母も私のことを気にかけながら逝ってしまったように思いますし、また姉からもよくそう言われます。
貴方から紹介されたこの書物を
開いたときの感覚はちょっと不思議なものでした。著者の学者としての真摯な姿勢に好感を抱いたこともあるのですが、若い頃なら否定する気持ちの方が強かったであろう死後の世界の話を、ごく自然に、むしろ期待感を持って読み出していたようでした。半信半疑の気持ちがすべて信に変わったわけではないのですが、半信半疑の気持ちの次元が一段階高まったような気分です。いい書物を紹介して頂いて本当に感謝しています。[9/23]
その後『生きがいの本質』も読みましたが、ちょっとした感動的な体験をしました。
私は兵庫県の尼崎市に住んでいます。昨年の暮れ頃からよく近くを流れる武庫川へ自転車で出かけ、その堤をCDを聴きながら散歩するのですが、その日はその本の第一章「生まれるということ」を読み終え、「誕生」(中島みゆき・作詞作曲)を聴きながら、そして六甲の山並みを眺めつつ歩いていました。その曲の歌詞が ♪ 泣きながら生まれる子供のように もいちど生きるため
泣いて来たのね ♪ のあたりまできたとき、私の全身が小刻みに震えだすというか、そんな感覚に一瞬、襲われてしまいました。そしてその後しばらくの間涙がでそうなくらい感動の波に包まれていました。「誕生」はそれまでに何回も聴いている好きな歌の一つなのですが、そんなに感動したのは初めてのことでした。何故そのような精神状態のなったのか、よく解らないのですが・・・。
「死後の生命」や「生まれ変わり」については、正直言って、
今も半信半疑だと言わざるを得ません。わたしには「意識体」、つまり霊魂の存在を実感するような超常体験は今迄の人生の中で一度もありませんから。しかし、先生の書物を読んでからのわたしの意識のベクトルは、確実に”信”の方向に向いている感じです。
芭俄梵信 (1999年11月22日)
「生きがいの創造」「生きがいのマネジメント」「生きがいの本質」等の著者、
飯田史彦先生のホームページ
"City Of Angels" & 「さびしんぼう」
レンタルビデオで「シティ・オブ・エンジェル」と「さびしんぼう」を観た。二度目である。いい映画だと思っていたので、もう一度観てみたいという気持ちになったのだ。どちらも女優(メグ・ライアンと富田靖子)の印象が強く残っている割には映画の内容をあまり覚えていない…、だからもう一度という気持ちもあった。
"City Of Angels" は天使が人間に恋をする物語だ。
太陽が昇るときと沈むとき、天使達は海岸に集まり太陽が奏でる音を聞いている。これは彼等の日々の儀式なのだろうか。死んでゆく人間の魂を天国へ導いてやる。これが天使達の日々の営みなのだ。
セスという名の天使が心臓の手術を受けている患者を見ている。天国へ案内するためだ。その手術の主治医、マギー・ライスにとってはしごく簡単な手術であるはずなのに、患者の心臓は停止してしまう。「死なせない!」と必死になって蘇生を施す彼女の真剣な眼差しを受け、セスの魂は揺らぐ。
天使が人間に恋する瞬間であった。
マギーにとって手術の失敗は考えられないことであった。自信をなくし落ち込んでいるマギーに付き添うセス。ついにセスはマギーの前に姿を見せる。君は悪くない、肉体は滅んでも魂は生きている、とセスは彼女を慰めようとする。マギーも心惹かれ、二人の恋愛は始まる。
人間の恋愛は魂だけでは成り立たない。魂と感覚の融合が愛なのだ。それ故この映画では "touch" <触れる>という言葉が重要な意味を持っている。
天使は永遠の生命を持ってはいるが、人間のような感覚はない。刃物で肉体を傷つけても痛みもな
ければ血も流れない。人間に恋してしまったセスは "touch" という感覚に非常な関心を抱く。これが二人の恋愛にとって大きな障壁だからだ。この壁を克服するためには、セスは血を流さなければならない。
ネイサン・メッセンジャー。彼はマギーの患者である。妻も可愛い孫もおり、まだまだ死にたくはない。マギーの手術を受け命を救われる。魅力的な人物だ。実は、彼も昔は天使であった。彼はセスに神が人間に贈った最高の贈り物は何であるか、それは「自由な意志」であると言う。そしてセスに人間になる方法を教える。天使が人間になる唯一の方法は上空から地上に落ちること。
そして血が流されて初めて天使は人間になることができるのだ。
マギーは同僚の医師から求愛されている。そんなとき、彼女はネイサンからセスは天使であることを知らされる。マギーはセスに「手を触れたとき感じてくれる人がいい」と言い、彼を諦めようとする。セスはついに血を流す意を決し、地上へ落ちてゆく。人間、セス・プレイトになる為に。
結末は意外な展開で終わるのだが、それは寧ろこの映画の主題を観客に強く印象づけるものとなっている。
唐突のように思われても仕方がないが、わたしには「リア王」の中の言葉 "Speak what we feel, not what we ought to say." が思い起こされた。
「さびしんぼう」は四年ほど前に大林宣彦監督作品をビデオで幾つか観た内の一つだ。終わりの画面で「ひとがひとを 恋うるとき ひとは誰でも
さびしんぼう になる」と出ていたが、これは山中恒原作「なんだかへんて子」の中から引用した言葉だろうか。題名の由来だろう。
誰しも心の奥底には初恋の思い出が眠っているに違いない。この映画はその記憶を呼び起こし、初恋の甘美な思いにもう一度浸らせてくれる。
人は異性に想いを寄せるとき、人間として本当は輝いているのだが、その輝きの素晴らしさは思春期真っただ中ではおそらく分からないのだろうか、大人になって振り返って、初めてその価値を自覚できるものなのかもしれない。そうであるからこそ、
初恋はその淡い甘美な想いが果たされることがない故に初恋たり得るのだと言えるのではないか。
ある人は、相手に打ち明けられなかったその想いは無意識の奥で眠っているのだろう。ある人は、想いを打ち明けたのだが受け容れられずに微かに苦い思い出となって残っているのだろうか・・・。またある人は、お互いの想いは通じ合ったのだが、何らかの現実の厚い壁に儚くも砕け散ってしまったのであろうか。この映画の場合、どうやら最後のケースのようなのだ。
<僕>は瀬戸内(おそらく尾道の)を見下ろす高台にある寺の一人息子で高校生二年生である。
<僕>には想いを寄せている少女がいる。彼女は<僕>の通う高校の近くにある女子校の生徒だ。<僕>はカメラのズームレンズを通して彼女の横顔を眺める。彼女は放課後いつも音楽室のピアノの前に座って練習をしているのだ。<僕>は彼女をさびしんぼうと呼んでいる。
<僕>の母は勉強せよ勉強せよと口喧しく言う反面、<僕>にショパンの「別れの曲」を上手に弾かせたく思っている。或る日、<僕>の前にニセのさびしんぼうが現れる。その後何度も現れて<僕>と話すようになる中で、母は若い頃勉強ができてピアノが上手な男の子に恋をし、別れるとき、
その男の子が「別れの曲」を弾いてくれた、だからそのメロディーを今も忘れないでいるのだということを聞かされる。
母が<僕>の部屋に入ってきて、得体の知れない変な女の子に驚き、不快に思い追い出そうとする。母がそのニセさびしんぼうのお尻を叩くと、その痛さが自分に返ってくるというユーモラスな場面は、ニセさびしんぼうは実は母の若かりし頃の純情可憐な姿なのだということを暗示している。
<僕>は或る日、自転車のチェーンが外れて困っている本物のさびしんぼうに遭遇するという絶好の機会を得、彼女と初めて言葉を交わし、想いを相手に伝える。さびしんぼうは<僕>の想いを受け容れ
てくれたように思ったのだが、翌日彼女が<僕>の横を通り過ぎるとき、何処となくつれない素振りであった・・・。数日後、さびしんぼうから贈り物が届く。先日の感謝の言葉の後に、もう会わないでほしいと書かれた短い手紙が入っていた。映画はその理由を観客に詳しくは教えない。<僕>がさびしんぼうに別れの贈り物を手渡すとき、さびしんぼうの母親は既に亡く、父親は病気であることがそれとなく観客に知らされるのみである。
そういえば、この映画の最初の画面に、「傷ましくも 輝かしい わが 少年の日々に 捧ぐ――」と出ていた・・・。
ショパンの「別れの曲」は、甘く切なく、そして哀しく響いてくる。[11.30]
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