梵緑の樹の下で

1998年


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 昨日(1998年7月19日)、一日遅れではあるが我が50回目の誕生日を、夕食は 近くの小さなレストランで、グラス一杯の赤ワインとともに・・・。本日帰宅後すぐ寝床に入る。手をのばせども触れるもの何も なし。・・・起き上がり、明かりを灯し、長らく持たなかったペンを握る。


 ペンを握る決心をしたのはいいが、それを実行に移すのに気後れがあったのだろうか・・・。 暑熱の八月が過ぎ、台風5号が関東から北海道へ抜けた今宵(9/16)、ペンを取る気持ちになった。なにも 堅苦しく考えることはない。心に浮かぶ思いや感情の波をそのままなぞればよいではないか・・・。
 わたしが初めて日記を付けだしたのは確か高校2年の夏だ。あの頃の自分と対峙してみようか、と思う。

 高校生の頃の日記を読み返し当時の意識を追体験してみようという思いは、わたしの意識の底を 流れている。これは確かだ。だからそのように思うことが今までにも度々あった。しかしすぐに実行に 移さない、いや移せないのは・・・、そうすることの意図が明確でないからだろうと思う。


 自分の存在感が稀薄であることを、最近特に強く意識しているようだ。不安なのだ。書くことでその不安 を取り除き、自分を、生きるということを、見つめ直そうという気持ちが高まりつつあるのだ、と思う。


 今年はエルニーニョ現象の影響とかで天候不順が相継ぎ、世界的に 大きな被害が続出した。例年は8月の中頃に台風が襲来し、秋の気配を残して去っていくのだが、今年はそれ がなく、台風の発生数も少なかったようだ。わたしは今年もエアコンのスイッチを入れずに毎夜汗を流した・・・だくだくと。 今年の夏のなんと長かったことか―。

 それにひきかえ9月10月の時の流れは速かったような気がする。その間、 わたしのパソコンは三度の修理を経て、やっと正常に戻ったようだ。わたしの生活の中にパソコンは意外に深く入り込んでいること を実感した。近くに居なくなって初めて、微かな物足りなさを感じたのだ。連れ合いが、命に別状はないが、入院してしまったときのような 落ち着かない精神状態であった。その伴侶が快復してやっと戻ってきた。

 中断していた「青春日記」もコツコツと再開しようか・・・。


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