自己愛の断片(3)

上梓【2000.02.11】

§◆§Words, words, words§◆§
＝＝自己愛の断片（Ⅲ）＝＝

　僕の言語は非常に拒絶的である。他人の入ることを著しく警戒しているようだ。冷たさが放出している。優しさはない。日常会話においてもだと思う。他人の感情を喚び起こそうとはしない言葉だ。孤独な言葉だ。他人は決して入ってはこれない。従って、いくら優しくあれと願っていても、口がそのようには動かないのだ。僕はまだまだ自分を知ってはいない。
　僕の内部にある氷結したものを溶かさなければ、人間としての僕は生きない。そうだ、情熱によるしかない。若い時にこそ、それを、僕の責任でない過去から負ったそれを、溶解しておかなければならない。
　今年の二月は暗い坑道から地上に出てきたようなものだった。僕は眩暈に襲われ、歓びと同時に、苦い不安を伴った精神状態に追いやられた。そこに（いや昨年の八月に）端を発し、今日終止符を打たれた数々の滑稽事！　彼女のプライドを傷つけたらしい僕の言葉！　とにかく僕は何とかしたかったのだ!!　僕をしてあの状態は望むべきことではなかった。優しさのない僕の言葉・・・。傷つけられ、おそらく傷つけた、彼女との関係。これで終止符が打たれた。
　昨年の十月～十一月を潜り抜けることにより、僕は一層白けた眼を持つようになったのだろう、おそらく。幼稚な愛という観念のもてあそびはやらないだろう。

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　人生は敬虔で、抑制的なものでなければならぬ。僕にはやはり、僕なりの道があるのだ。このように僕が書くには、決して運命に屈服したことを意味するのではなく、寧ろ、運命に抗しながら、自分自身の道を切り開いて行こうとする強い意志の表れなのだ。

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　図書館で手紙を彼女に渡す。彼女は黙っていた。そして僕を恨んでいるような、こわい表情を示した。僕はすぐそこを離れた。

　フェステバルホールで、ピーター・ブルック演出の「真夏の夜の夢」を観た。
　最初僕は複雑な気持ちでいた。しかし、劇は僕の憂鬱な気分を吹っ飛ばすに十分なる魅力をそなえており、非常に面白く、楽しかった。演劇とはあんなに楽しいものなのか！　「演劇(ﾌﾟﾚｲ)は遊び(ﾌﾟﾚｲ)」だとブルックは言っている。遠い昔に忘れ去ったものを今日の劇は喚び起こしてくれたような感じだ。
　ライサンダーが目を覚ますや、惚れ薬の効果によってヘレナを追っかけて行った後、ハーミヤが目を覚まし、ライサンダーのいないことに気付く。その時のハーミヤの不安な緊迫した気分がよく出ていた。針金の輪に絡まれながらも、そこから抜け出し、観客席の方へライサンダーを求めて駆けだして行くときの、何か悲劇を予感させるような張りつめた不安な雰囲気が最高潮に達する！　と、その時、どたばたと町の連中が舞台に現れ、観客はほっとするような安堵感に導かれる。そのタイミングが実によかった。印象に残る最高の場面だったと思う。
　俳優はみんな実によく呼吸が合っていた。大変楽しい夜の一時だった。本当に良かった。面白かった。
　もし、あのようなことがなく僕のそばに彼女が居たならば、もっと、もっともっと楽しい思い出になったかもしれない、等と思うと少し悲しい気持ちになる。二人してあの感動を分かち合えたのに！　実に残念だ。
　僕はまだ彼女に惹かれているのか・・・。今日書いた手紙によって彼女の気持ちを喚び起こせたら、という淡い期待が今ある。これは、今宵の芝居から受けた感動によるのかもしれないが・・・。
　しかし、やはり明日からは、人間対人間という位相から彼女に接していこうと思う。 My love to her was disprized!　女々しいぞ！　人間対人間という対し方で行けばいいんだ！

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　友達と肩を並べて掲示板の方へ歩いて行くと、向こうから彼女が隣のクラスの女の子と一緒にやってきた。以前にもこのような場面があった。
　彼女はもう腹を立てていないように思えた。これは僕の独り合点か？　僕は彼女の優しさを信じる。彼女の女らしさを信じる。先日のことがこれからの二人の、いい意味での跳躍台となってくれたら、と望む。その前に、僕がもっと優しくならなければならない。
　僕の内部にある堅いものを融かさなければならない。僕の内部に巣くっている非人間的なものを・・・。

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　授業に出た。彼女は居なかった。少し心が動揺した。
　授業が始まってしばらくして、彼女が入ってきた。視線は合わなかった。お互いに合うことを避けているからなのか・・・。彼女の頬は少し紅潮していた。美しい。彼女の魅力（僕にとって）はあの表情からこんこんと湧き出てくるようだ。おそらくあの状態の彼女はとても優しいに違いない。僕の心は彼女に奪われている。しかし、何も手につかないというのじゃない。が、心は奪われている。畜生！　彼女の心を完全に僕の心に絡み合わせたい！　二人とも供に成長してゆきたい。二人で力を合わせてこの苛酷な現実の中を生き抜いてゆきたい。二人の未来をめざして！　僕と彼女と。

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