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5月13日(金):
今日ケンブリッジを後にする。最後の町をぶらつこうと思っていたのに、雨が降り出した。仕方なく、
Fitzwilliam Museum に入って時間を潰すことにした。ブリューゲルの絵画を観ていた時、年輩の館員の一人
が、"How are you? Are you all right?" と話しかけてきた。恐らくこの前来た時の僕を覚えてくれてい
たのだろうか。"It's very interesing,isn't it?" 「ええそうですね。人々の姿や表情がとても面白いです
ね。」僕の顔がほころぶ。さらに何か言ってきそうな気配はなかったが、僕のよそ者意識から来る緊張感は
和らいでいた。不思議なことだ・・・。ほんのちょっとした言葉が人と人の距離を縮める。不思議なのは
自分の心。
Heffers へ行き、'Gissing In Context' を買う。
例の The Counter Restaurant で食事をした後、バーデンさんの家に戻り、預けていた荷物を受け取り、
3時30分発の National Coach に乗り、ロンドンの Victoria Bus St. に6時頃到着。
ホテル Eden へ直行。
M君が欧州旅行から帰ってきているかも知れない。訊いてみると307号室だと言う。行ってみると、
廊下でYという人に会う。日本人だということでこの人の部屋を教えてくれたのだろう。彼の部屋でしば
らく話をする。Yという人はM君より三歳若く、中学校の教師を一年間勤めたが、退職してイギリスに
やって来た。今月の20日から僕が学んだ Bournemouth の King's School で1ヶ月間 Intensive Course
を受けるらしい。彼が何の教科を教えていたのかは、何故か言いたがらなかった。
受付でもう一度問い返してみると、M君はまだ来ていないと言う。Yという人と一緒に近くのレスト
ランで夕食。僕とは性格が違うようだ。一体何を求めて英国へやって来たのか、想像し難いところがある。
シェイクスピアの戯曲の中では、当時人々が盛んにフランスへ行ったのは或る目的の為であって、フランス
帰りの貴族がヤユされているが・・・。とにかく、第一印象はそれ程いいとは思わなかった。
11時頃までロビーで待っていたが、M君は遂に帰って来なかった。
5月14日(土):
朝食後、カウンターでM君の部屋番号を教えて貰い、5階へ上がろうとした時、入り口に立っている
M君の姿が目に入った。Yという人は Leister へ行くと言っていた。5万円入っている財布をなくした
とかで、慌てて部屋へ探しに上がって行った。M君と僕は荷物をホテルに預けて、Victoria 駅の Information
Office へ行く。10時を少し過ぎていた。長蛇の列が出来ていた。彼は Regent Park にある動物園を見学
してくると言った。45分も待たされて、やっとこのゲストハウス(Mrs.SAVICH. 35 Cromwell Grove W.6.
Tel:603.0607, near Shepherd Bush Station of Central Line Underground.) を紹介して貰う。B&B で £3.00
per one night. 部屋の感じは悪くない。それ程広くはないが、安楽椅子も机もある。机があるのは何と言っ
ても有難い。
M君とは1時半に Eden で会おうと約束してあるので、地下鉄 Queensway で降り、Kensington Garden
を通り抜け、ホテルEden 迄歩いて行く。空はからりと晴れわたり、ベンチに人がたくさん腰かけていた。
ホテルの Bar で2時半頃まで彼と話をして過ごす。彼のヨーロッパ旅行はそれ程素晴らしいとは言えな
かったようだ。団体旅行で、見知らぬ人の中にうまく溶け込めなかったようだ。更に、オマケとして、昨日
Dover の税関で約2時間もしぼられて、やっと1ヶ月の滞在許可しか貰えなかったとか。
このゲストハウスから郊外へ、ロンドンで働いている人達の家が建ち並んでいるのだろう。この近くには
高層住宅の建物が五つ六つ見える。
僕の部屋は3階(イギリス式に言えば2階)にあり、窓からは手を伸ばせば届きそうな処まで木々の梢が
接近してきている。このような部屋に下宿して、あと一年くらい、英語(hearing and speaking) を勉強し
てみたい。・・・あと1週間足らずで帰国しなければならないとは!
5月15日(日):
今日の主な仕事は、あの重い荷物を持って来ることである。
Lancaster Gate 駅で降り、ハイドパークの中を Speakers' Corner 迄歩く。人が沢山集まっていた。着い
てしばらくすると、(10時頃) 一人が演説を始めた。すぐにその人の周りに観光客が取り囲む。"I say today
English's the best." とやり出した。全て聞き取れなかったが、横やりや、いろんな問いかけに対して、演
説者が返答する。その度にどっと笑いが起こる。当意即妙、ユーモアを持ってやり返していたようだ。11
時頃には演説の輪が三つか四つ出来ていた。
Victoria Coach St. 迄歩いていく。そこのビュッフェでサンドイッチを食べなかったら、27s もある
荷物をもって帰れなかったほど重かった。途中小雨が降りだしたが、それ程濡れなかった。大したことは
なかった。
午後2時過ぎ、大英博物館へ出かける。日曜の開館時間は 2:30p.m.〜6:00p.m. エミリー・ブロンテの
詩の手稿が陳列されていた。その他、有名な作家の手紙や手稿・・・等々。またエジプトやギリシャの彫刻
等・・・短時間ではとても見て回れない。
5月16日(月):
SIA 事務所へ行くが、分からないと言うので、日本大使館へ行くことにした。Grosvenor St. とあるの
で、Buckingham Palace の西手の Grosvenor Place へ行ってみた。見つからなかった。通りがかったかなり
年輩の郵便配達人に尋ねて、New Bond St. の近くに Grosvenor St. があることを知る。1時間ほどロスっ
てしまった。
帰りはシンガポールで一泊しなければならない。訊くと、渡航先追加願いを出せばよいとのこと。手数料
として£1.30 取られる。日本の役所的なよそよそしさはそれ程感じなかった。出ようとすると、「そんなに
急がなくてもいいじゃないですか」と言って、領収書をくれた。
大使館を出たのは、確か1時半頃だったように思う。近くにある日本料理店「嵯峨」で食事する。約3ヶ
月振りの日本料理。イギリス人が酒を飲んでいるのを見て、急に飲みたくなり注文する。銚子一本で酔って
しまった。トンカツ定食を注文。飯はやはり日本の米でないといけない。旨い。僕の側に座っていた日本人
と少し話をした。四十半ばの紳士で、ロンドン在住十年になると言う。どのような仕事に就いているのかは
判らなかったが、日本の経済状態や、言葉の問題など、苦労しているような感じ。ほんの10分間位だった
から、当たり障りのない感じで終わってしまった。
British Museum へ行く。Reading Room に入るには、まず手紙で願い書を出さないといけない。これは時
間がかかりそうなので、短期の観光客は不可能のようだ。僕はあと1週間しかないのだから。
夜、OLDWYCH THEATRE で 'King Lear' を観る。すごく感動した。リアを演じた Donald Sinden という役
者は僕が想い描いていたリア以上の演技を見せてくれた。大満足だ。演出は Trevor Nunn. 乞食を数人登
場させ、兵隊に足蹴りされている場面を加えているところ等、良かったと思う。リアはゴネリルに対しては
1幕の最初の王国分割の場面から、反撥的な態度を示していた。コーデリアの演技も、二人の姉に対抗する
ような態度を強く出していたようだ。道化役は年輩の Michael William が演じ、説得力があった。
5月17日(火):
Bank St. で下車。London Bridge を渡り、The White Hart Inn, The George Inn を見て The Tower of
London へ。その後、Dickens House を訪ねる。 Oxford St. にある Woolworth に入り旅行バッグを買って、
6時頃帰宅。
朝、出かける時、今にも雨が降り出しそうな雲行きだったが、雨は降ることはなく、午後になって晴れ間
も少し顔を覗かせた。孤独感。欠如感。帰国後の生活のことをつい思ってしまう・・・。
明日はどうするか?
今から本でも読んで勉強するか・・・。
昨夜の「リア王」には感激した。
The weight of this sad time we must obey.
Speak what we feel, not what we ought to say.
(劇のコンテキストから離れて自由に意味を取ってみれば、次のようになるか・・・)
この悲しい時代の重圧には抗しようがない。
建前なんか糞食らえだ、感じた思いを大切にしよう。
5月18日(水):
Windsor へ行く。ロンドン Paddington から Slough で乗り換え、1時間もかからなかった。
Windsor Castle は、今まで見た城の中で一番大きく、各部屋も豪華であった。部屋を装飾している物だけ
で相当な財産だ。大英帝国、衰えたりと言えども貯えた富は莫大なものだ。年間に入ってくる入場料だけで
も相当な金額になるのでは・・・と俗物根性が皮算用をしていたが、これは維持管理費用に充てられるのだ
ろう。しかし、ロンドン塔で見たあのでっかい宝石、その豊富な量の数々! そして今日見た室内装飾品の
豪華さ! あれだけの量のキラメク財産を築き上げるのに、どれ程の酷い事をやってきたことか! 現在、
イギリスは他の欧州各国やアメリカに比べて物価が安いので、たくさんの観光客が押し寄せて来ているとい
う。彼等が落としていく外貨も相当なものだろう。
今日は完全に晴れ上がっていた。一日中、本当に雲一つ見なかった。
イギリスの川は日本のと違って土手がない。岸沿いに木々が生い茂り、柳などが水面すれすれに枝先を落
としている、そのような風情の川は見るものの心を和ませてくれる。僕は好きだ。
Magna Carta も Kennedy の記念碑も見た。見たということだけが大事なのであれば、僕も人並みにいい
経験をしたことになるのだが、しかし何か物足りない気がする。
日本へ帰って、さて、どう生きていくか・・・。
ロンドンに戻り、Paddington から Kensington Garden を通り抜けて、Queensway St. から地下鉄に乗った
が、公園を歩いていた時、一匹のリスに目が止まった。その動きを追っていると、人が落としていったビスケ
ットのかけらをコツコツと芝生の下へ隠していた。何でもない動きでも、よく観察すると、そこには生きて行
く為の涙ぐましい努力が秘められているのだ。
5月19日(木):
Victoria St. へ行って、荷物の重さを計る。シェイクスピア全集だけで約5s。もう少し書物を手で持
てば、20sに出来る。20s以上は認められていないのだ。近くの Barclays Bank で百ドルをポンドに
替える。これが最後だ。バッキンガム宮殿の前を通り、Hyde Park Corner 駅から地下鉄に乗り、戻る。
Kentakey Fried Chicken & Chips を買い、この下宿の近くにある芝生のベンチに腰かける。昼食を取っ
ていると、幼稚園児くらいの子供が同じベンチに腰かけてきた。4人位かけられるベンチだが、その端に
座り、両足をぶらぶらさせていた。5分間くらい腰かけていただろうか。芝生を横切って行ってしまった。
僕は一言声をかけてやるべきだったのだろうか。汚れたズボンをはいていた。人が僕の方を見ているようで、
少し厭な気がした。あの少年は腹を空かしていたのかも知れない。気楽に話しかけてやればよかったのだ。
友達になれたかも知れなかったのに!
Kensington Garden へ行き、2時間位、リア王を読む。
Kensington Church St. を歩いてみる。地図にはショッピングストリートとなっていたが、そういう感
じは殆どなかった。
Queensway 通りを歩く。ここはかなり賑やかだ。レストランがたくさん並んでいた。中国料理店がかなり
あった。通りの新聞売場にはアラビア語で書かれた新聞も数種類置かれてあった。Bond St. とは雰囲気が
全く違う。Queensway から Bayswater Rd. に出る角の Chinese Restaurant に入る。ご飯の上にローストポ
ークがのっかっていた。飯は日本米ではないので口に合わなかったが、僕の胃袋は満足したようだ。中国
茶が出たが、N君に貰ったのと同じ香りがした。日本茶を飲みたいと思う。店を出る時、ウエイターの一
人が「ありがとうございました」と言った。彼は日本人かも知れない。しかし、いずれにしても、僕は日本
人だと判断されたのだ。中国人と日本人は見た目だけではどちらか判らないことが多い。
5月20日(金):
今日は National Gallery へ行っただけである。Regent Park へも行く予定で出る(10:30a.m.)。Gallery を
出たのが午後3時頃、その時、小雨がぱらつき出したので、止した。
Charing Cross Rd. には FOYLES という大きな本屋があり、ギッシングの Harvester Press 出版の書物が
置いてあった。"Our Friend the Charlatan"(£5.95),"Sleeping Fires"(£5.65),"Thyrza"(£7.50) を買う。
正直言って、早く日本へ帰りたいという気持ちである。 Though life is hard, I'm not afraid of any
matter what may come.
5月21日(土):
Holland Park は Hyde Park を小規模にしたようなものと思い込んでいたが、地図上で見るのと実際とは
まるで違っていた。孔雀や鶴もいた。森の中に人の通る道を通しただけというような感じの、男女で歩いて
いると自然と優しい言葉を囁きたくなりそうな、そんな感じの公園であった。
Portobello Road Market 迄歩く。たくさんの買い物客やチャーターしたバスでやって来た観光客等で大混
雑。その通りからそれて、地下鉄の駅の方へ歩いて行くと、ロシア語で書かれた教会があり、その前で新郎
新婦が記念写真を撮っていた。
Ladbroke Grove St. から Angel St. 迄地下鉄に乗り、Camden Passage Antique Market を見物する。Bake
Street 迄戻り、Regent Park に入る。動物園には入らず。ここの Queen Mary's Gardens は素晴らしかった。
Regent Street 迄歩き、ビートルズ発祥の地と言われている Carnaby Street へ。O君が一緒だったら、彼
の印象を聞けたのだが。僕は別に感じるものは何もなかった。
もう一度 National Gallery に入るつもりで、Trafalgar Square へ行くが、そこには入らずに National
Portrait Gallery に入る。ここで、Bramwell Brontё が描いたブロンテ姉妹とエミリー・ブロンテの肖像
画の実物を観ることが出来た。僕は完全に忘れていた。ハワースのブロンテ記念館でこのことが説明されて
あったのを―。
ALDWYCH でリア王を再度観る。やはり二度目となると前の時より感動が薄れる。しかし道化の動きや表情、
また他の俳優の演技を細かく観察することが出来た。ライトの使い方にも工夫が凝らされていた。戦場の有様
を、失明したグロスターに視点を合わせて、照明で表現していたのだ。
5月22日(日):
Hyde Park Speakers Corner へ行く。この前 "English is the best in the world." と言っていた人が
今日も同じテーマで喋っていた。一番面白く聴いたのは、アメリカ人の観光客に向かって「ヤンキーは月へ
行ったが、イギリス人なら土ぼこりだけだとわかればすぐ帰ってくる筈だ」と言い返した事。
ハイドパーク内の細長い池(The Serpentine)に沿って、半ばで横切り、Albert Memorial 迄歩いて来ると、
MAYC(Methodist Association of Youth Club)と書かれた旗を持って歩いている団体に出会った。イギリスの
各地から集まって来たのだろう。York, Sheffield, Nottingham,etc. 恐らくあのように行進したあと、何ら
かの集会を持つものと思われる。
その後、Piccadilly, Regent, Oxford と、各通りを進み、Marble Arch で地下鉄に乗り、帰って来た。
この数日、恐ろしくいい天気が続いている。殆ど雲が見えない。これからは、このような天候が多いのだ
ろう。イギリスでは5月6月は人生の青春期に譬えられるほどなのだから。
明日、この国を後にする。再度来ることは恐らくないだろう。少なくともここ10年以内には。10年間は
日本で英語の勉強のやり直しだ。もう一度、ぜひ来たい。そして、その時は、自分の意見は正確な英語で詰ま
らずに言えるようになっていなければならない。この3ヶ月間の体験は貴重だ。これから英語を勉強していく
場合の、何か具体的な指針を提供してくれそうに思うから。
Fare thee well, my Youth.
And come up to me, new Youth.
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