自己素描
幼少期
- 終戦後のベビーブーム時にこの世に生を受ける。団塊の世代の一員。
- おとなしい目立たない少年、・・・内面では孤立感を意識したことがあった。
- 中学生になった頃、後に尾を引くものではなかったが、瞬時<虚しい>感覚に襲われたこともあった。
青年前期
- 生きていく将来の姿として、技術者或いは研究者を漠然と夢想する。
- 現実は私に電気技術者の道を選択させた。
- 工業高校の教育に失望した頃、ESSの顧問の先生の影響で文学の世界に関心を持ち始める。
- 電気メーカーに就職しカラーテレビ技術部に配属されるも、半年で退職、大学を目指す。
青年後期
- 大学紛争で大学が機能麻痺状態であった頃、高校の恩師の家に頻繁に通う。
- 大学を2年半で中退。文科系を目指す。
- 中退した時期、心の奥底で鳴りを潜めていた魔物(虚しさの感覚)との格闘の日々が続く。
- その後、夜は勉学昼はバイト・・・このような生活を6~7年続ける。
- その頃シェイクスピア自主講座に参加。ハムレット(父親の方、亡霊役)や(裁判の場面の)シャイロック等を演じた。
成熟前期
- 遅ればせながらも定職に就き、両親をほっとさせる。も、2年間。退職した時は、両親は殆ど諦め顔。
- フランス滞在は結果論で云えば、明確な目標と強い意志や冒険心の欠如した体験であったとも言えるが、私自身を納得させ、私の青春を総括する意味でも貴重な体験であったと思っている。
- (フランスにいた頃、私は髭を生やしていた。当時の肖像はオンフルールにスケッチ旅行に行った時、一緒だった画学生のK君が描いてくれたもの。)
行く春や 色は違えど コロナひげ (作:2020,05,24)
- 帰国後は教育関係の仕事に10年間ほど従事した。
- その後、サービス業関係の仕事に就く。はっきり言えば、駐車場の係員。これが不思議(?)と13年近く続いた。
現在の属性
- 暇なときはパチスロに没頭、が最近はパソコンと並立していたため負け始めている。何事も集中しないと駄目だ!と反省し、パソコンの方に重心を移しつつある―(これは一昨年の7,8月頃の心情としては嘘ではない)―。
あまり恰好の良いことは書かないほうがよいと思う。実はパチスロとは別れられなかったのでした! 但し、昨年(1998年)の7月からは不思議と絶縁している。
- 4、5年前に腰を痛め、その治癒対策としてジムに通った(1995年12月~1998年2月)。好きだった山歩きは、無理は出来ず、3時間が限度。出かける回数は非常に少なくなっている。近頃は武庫川へ
(自転車で20分位)行き、1.2時間散歩することが多くなった。六甲の山並みを眺め、水の流れや鳥達の動きを視野に入れながら歩く・・・。
- Java言語に興味を覚え勉強を始めて早5ヶ月が経過─、まだまだ道遠しの思いが強いが、ほんの少し解ってきたような感じがしている。人の真似事で作ったアプレットでフロントページの衣装替え('98/1/28)。
- しかし、その後ほとんど勉強はしておりません・・・。他人のアプレットを利用させてもらうことはあっても、自分で作ろうという意欲はなくなりつつあるのではないか・・・('98/9/15)。
- 1998年8月の中頃、パソコンが不調。修理に出すも不調が続き、三度目の修理でやっと復調する。
- worm program に感染していたことがきっかけで知り合った方から刺激を受け、「百合野ヶ原」の頁が誕生する。HPの一部模様替え(1999年10月)。
- 2001年9月6日:『山椒魚の呟き』上梓。
- 約3年の空白 … … …
- 2004年8月28日:『アイヴゴタニーメイル』 久し振りに登場! 12月に完結。
- 2005年は殆んど何もなく … … …
- 2006年2月より「芭俄梵の気晴らしハイキング」登場
- 2008年6月25日で12年半勤めた仕事を終える(退職日は7月31日)。この日より、『梵信の”平々梵述”』を始める。何時まで続くか?…、どの程度の頻度で続けられるか?…。
- 2009年4月『心のさざ波・心の渦』上梓、同6月完結。同4月『パリ日誌』上梓、翌年の5月完結予定。
- 2010年2月10日、恩師、五合庵烏有著"RIPENESS OF A PERSIMMON"上梓。同5月16日、『パリ日誌』上梓完結。
- 2011年2月11日 恩師と交わした『往復書簡』を『パリ便り』に追加する。
- 2011年7、8月 シャンソンの訳詞に挑戦。3日に1曲のペースで、暑い夏を乗り切る。続いて、G.Gissing の "The Private Papers Of Henry Ryecroft" の訳に取りかかる。
- 2012年3月、"LARMES"の翻訳完了。11月の中頃、『柿の葉』の仏訳に取りかかり年末ぎりぎりに終える。
- 2014年11月、『春野恵子に学ぶ浪曲』の頁を設ける。
12月暮れ、OCNのHPサービスが2015年2月一杯で終了となるので、HPを Sakura Internet へ引っ越す。今迄は10MB内(無料)でやってきたが、サクラでは10GB(約150円/月)となるので、これまでの約千倍の情報の掲載が可能となり、「芭俄梵の気晴らしハイキング」の過去の全てを公開する。
- 2019年7月26日、『露の都に学ぶ落語』の頁を設ける。
- 2022年6月8日、『ふと、思い起こす事など…』の頁を設ける。
その他諸々
- 最も印象深い映画は「砂の器」、涙腺がかたかったはずの私が我知らず泪を流してしまった。
- 大林宣彦監督作品「あした」も印象深い。母が他界(平成7年)した年のお盆の月だったから余計にそうなのかも知れない。
- よく読んだ作家は二十歳代は山本周五郎さん、三十代は松本清張氏、四十代は藤沢周平さん。
- 自然の風物や気象の急変に遭遇して、遠い昔感じたであろうと想われる感覚が瞬時甦るということはありませんか。何故か非常に懐かしく感じられるその感覚は、しかしすぐ逃げ去っていってしまう! 自由にその感覚を呼び起こすことができたらどんなに素晴らしいことだろう、なんて思ってしまう。
この感覚については私の恩師にパリから出した手紙のなかで、次のように説明しています。
昨年の秋は何度か一人で二上山に登りました。当麻寺の方から登る山すその山道の紅葉が特に印象的でした。この次にそこを訪れるのは果たして何時になるだろうか…。小雨のぱらつく日も多く既に肌寒いパリにいると、日本の穏やかな秋が懐かしく、恋しく思われます。
小学生の頃の秋の遠足、その時に実感したある感覚が昨年その山道を歩いていて、瞬時甦ってきました。それは決して幸福で満ち足りた心の状態ではなく、と云って悲しく不安な状態でもないのです。それらすべての要素が紅葉の色彩と秋の薫りの中でみんなごちゃ混ぜになっているような一種独特な感覚なのです。自由に呼び起こせないのですが、その感覚が時々僕を襲っては心に甘美なさざ波を立てるのです。しかしここは異国の地、その感覚の急襲はまず期待できません。
- ・・・最近は、同世代の作家、村上春樹氏の小説やエッセイを読んでいます。
- ・・・今年(1999年)9月に読んだ「生きがいの創造」(飯田史彦著PHP研究所)は私の死生観に新鮮で魅力的な発想を与えてくれる書物であった。
- ・・・パチスロと完全(?)に縁を切ったのは2003年8月、その夏の暑さが和らぎ始めた頃から、京都や奈良の地域を歩くことが多くなる。
- 2004年の暮れ、益田岩船を訪ねたことから飛鳥に関心を抱き始める。昔読んで感動した『水底の歌 =柿本人麿論=』を再読する。著者の梅原猛さんの書物を読み始め、古代の日本に興味を持つ。
- 2007年は年明け直後、黒岩重吾氏の古代小説を全て読破する計画を立てる。黒岩氏の小説は若い頃よく読んだ。しかし、古代小説は壬申の乱を描いた『天の川の太陽』くらいであった。
- 2008年7月、定年退職。林住生活に入る…。学生に戻った気持で大学の講義を受けたく思う。(が、これは可能性は薄いので…)中沢新一著 講義録 『カイエ・ソバージュ(Ⅰ~Ⅴ)』を図書館で借りて、読み始めることに…。文化人類学への関心が深まる。
- 2009年は仕事には就かず、ぶらぶら過ごす。堺女性大学の講義:「堺考古学・歴史探訪」を受講する。或る教養講座受講がきっかけで、ベランダでゴーヤを栽培する。腐らせたのもあったが、食用として約30個ほど収穫できた。10月~11月、以前にもあったのだが、自律神経失調症で体調を少し崩す。
- 2010年 堺女性大学の講義:今年は「フランス語」を受講する。約30年間、勉強しなかったため殆んど忘れてしまっている状態を何とかしたくて! … Je travaille mon français en recherchant du temps perdu il y a 30 ans. …
- 2011年 堺女性大学は堺自由の泉大学と名前が変わるが、続いて上のフラワークラスで「フランス語」の授業を受ける。内田康夫氏の探偵小説は2、3年前に初めて読んだが…、今年12月に読んだ『箸墓幻想』が今後意識的に読み続けていくことを決意させてくれる。
- 2012年 今年の夏は内田康夫氏の探偵小説を読んで乗り切る。50~60冊位は読んだが、まだ半分にも達していないのではないか…。
- 2013年 堺自由の泉大学の講義:今年は「フランス語」の他に、「きれいな日本語朗読講座」を受講する。市川団十郎さんが亡くなり、舞台で「外郎売(ウイロウウリ)の科白」を語っている場面をテレビで観たことがきっかけかも…。何とか覚えたが、関西弁のアクセントで語っている言葉がかなりあることに気付いたことが大きな収穫であった。今まで日本語の言葉のアクセントについて全く意識したことがなかった…のです。
- 2014年 4年間学んだ「フランス語」は、一応卒業することにし、今年度は朗読講座の他に、「春野恵子に学ぶ浪曲」を受講する。『天狗の女房』を youtube で聴き、感動。天狗の女房の哀れさがひしひしと伝わって来て、大変気に入っている。20分位の演目だが、これをマスターすることを目標とする。
結局、年末迄に、『番町皿屋敷~お菊と播磨』『高田の馬場』『おさん茂兵衛』を覚えようと努力する。
- 2015年 浪曲の講座は、残念ながら、1年で終了。今年はその代わりに、民謡の講座を受ける。浪曲は自分で勉強する。『梶川大力の粗忽』も含め、昨年覚えたのを忘れないように、磨き(?)をかける。それに今年は、『勧進帳』と『唄入観音経』をCDを聴きながら覚える。
- 2016年 民謡は継続して受講。浪曲を勉強して以来、自分の音感の悪さを痛感…、何とかしたいという気持ちもあり、コーラスの授業を受ける。22年前、第九の合唱に参加したことがあって、その時の自分の不甲斐なさがずっとトラウマとなっていた。が、これを機会に、音の世界に興味を持ち始める。浪曲は、今年は『樽谷おせん』と『夢の財布』を勉強する。
- 2017年 浪曲は、松浦四朗若さんの『赤穂城明け渡し(矢頭右衛門七誠忠録)』を勉強する。
四朗若さんの浪曲『夢の財布』を落語でやれないかという思いがふと湧きあがり、それを方便として、堺自由の泉大学で落語家・露の都さんの「落語」の授業を受講することに…。古典落語『金明竹』を教えて貰う。
民謡は続けて受講。三講座は受講できないので、コーラスの授業は止めることに。昨年、ワンステージだけ参加させて貰った「合唱団泉北」に入団する。
- 2018年 1月27日(土)・堺自由の泉大学教養講座「笑門来福」で初級講座の者9名で習った落語「金明竹」を口演する。
4月22日(日):合唱団泉北・第15回定期演奏会(来場者630名 過去最高!) 於:栂文化会館 姉と姪が来館・感謝!
落語は続けて、露の都さんが指導する「落語クラブ」に入って指導を受ける。初めは短い話から始めた方が良いとの忠告もあり、『酒の粕』を覚え聴いて貰ったところ、唸っているようだとのダメだし。それで、YouTubeで聴いて覚えていた桂米朝さんの『皿屋敷』を聴いて貰ったところ、これが好評で、12月8日(土)にパリテ亭に初出演。途中1分間ほど真っ白になり、ほろ苦い初舞台であった。他に『狼講釈』や『天狗裁き』などを練習している。
コーラスは、また初級から受講し直す。音程がしっかり取れない状態…これは依然として続いている。…クシュン…
池波正太郎さんに多謝! あとエッセイだけを残す状態となっている…。
- 2019年 1月26日(土)・堺自由の泉大学教養講座「笑門来福」で落語クラブ火曜クラスの人達と「天狗裁き」を口演する。私は喜八の役、初めから最後まで出て来るので、話全体を覚えなければならなかった。
4月28日(日):合唱団泉北・第16回定期演奏会 於:栂文化会館 姉と義姉、姪二人か聴きに来てくれた、多謝。
- 2020年 1月25日(土)・堺自由の泉大学教養講座「笑門来福」で落語クラブ火曜クラスの人達と「鷺とり」を5名で分担し口演する。「落語クラブ」は2月末で退会する。
4月に予定していた合唱団泉北・第17回定期演奏会は、コロナ禍の為中止。
二十歳代に読んだ、山本周五郎さんの小説をもう一度読み直してみようと決意する。八割位は読んだだろうか、大変面白く読むことが出来た。長編では『ながい坂』が一番印象強く心に残った。
- 2021年 3月・落語は「狭山落語会」に入会する。月2回、そのうち1回は、桂花團冶師匠の指導を受ける。
合唱団泉北・第18回定期演奏会は、コロナ禍の為に4月には出来なかったが、10月24日、弥生の風ホールにて人数を制限して実施。次回演奏会は2023年4月実施に向けて、11月から練習を開始…。
- 2022年 5月26日(木)・狭山市の狭山荘で、「第47回・狭山荘落語会」浪曲師松浦四朗若さんの浪曲の台本で、落語「夢の財布」を口演する。1月26日の口演はコロナ、オミクロンの影響で中止となっていた。「夢の財布」はわたしにとって二度目の舞台。
- 2023年 1月26日(木)・狭山市の狭山荘で、「第48回・狭山荘落語会」昨年に続き出演させていただく。落語「真田小僧」を口演する。しかし、緊張していたこともあり、不満の残る結果となってしまった。
4月23日(日):合唱団泉北・第19回定期演奏会を、18回同様、弥生の風ホールにて実施。
5月15日(月):私の落語独演会「青空寄席」を大泉緑地の藤棚付近で決行する。演目は「真田小僧」と「夢の財布」。「真田小僧」は1月のリベンジの意味を込めて…。青空カラオケを一緒に楽しんでいる人達が20名近く聴きに来てくれて、有難かった。話の盛り上がった所で拍手をいただき、私の言葉が皆さんに届いたことが実感でき、皆さんから大きな力を頂き、大変感謝している。
8月21日(月):「第2回青空寄席」を大泉緑地の東屋で行う。演目は落語「つる」と、浪曲「夢の財布」。今回は、河内&江州音頭をやってこられた方にも出演して頂く。私の出来はあまり良くなかったようだが、暑い中、タオルで汗を拭きながら、何とかやり終えた。
12月22日(金):「第3回青空寄席」を大泉緑地の大芝生の片隅でのベンチで行う。演目は落語「竹の水仙」。寒波襲来で寒い中、約30分の寒さに耐えられる方のみご来場ください、と言っていたにも拘らず、14名の方が聴きに来てくださり、大変嬉しく、有難かった。
- 2024年 1月26日(金)・狭山市の狭山荘で、「第50回・狭山荘落語会」昨年に続き出演させていただく。落語「竹の水仙」を口演する。
4月28日(日):合唱団泉北・第20回定期演奏会を、19回同様、弥生の風ホールにて実施。
8月27日(火):「第4回青空寄席」を堺市立新金岡市民センターの2階で行う。演目は落語「はてなの茶碗」と、何でもかんでものど自慢というコーナーで、アカペラ浪曲「梶川大力の粗忽」の一部分。第2回に出ていただいた、河内&江州音頭をやってこられた方にも出演して頂く。
12月7日(土):出前落語「一文笛」 昨年の夏に狭山市の二つの小学校で、落語「つる」を聴いて頂いたが、今回は狭山市でオカリナを演奏する会の忘年会の席で落語を聴いて頂いた。会のメンバーの方のお宅に集まった7名の人達に聴いて頂く。和やかな雰囲気の中で楽しく聴いて頂けたようで、嬉しかった。
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