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母さん。
突然子供から手紙を受け取るなんて、さぞかし驚いたことでしょう。手紙など、恐らく誰からも貰ったことがない母さんだったもんね。あ、それから最初に言っておくね。おかあちゃん、だなんでちょっと恥ずかしいんだ。二人だけなら、呼んでいたようにそう呼びたいんだけど、現世の人達が聞いているから、ちょっと気になって、
僕としては母さんと呼んだ方が引っかかりがないんだよね。それで、母さんと呼びかけたわけ。いいよね、それで。
母さんが生きていたときは、母さんに手紙を書くなんて思いもしなかったことだよ。だって、母さんは仮名文字しか読めなかったし、書くのはカタカナだったよね。あ、そうだ! 鉛筆で便箋に何か書いていたことが一度あったっけ。あれは確か、
名前は忘れたけど、九州の何処かへ行った母さんが親しくしていた人に出す手紙だったよね。そうか、母さんも手紙を貰ったことがあったんだ。でもどうして出したらよいのか知らなかったよね。あの時は姉ちゃんに教えて貰ったのかな…。今度会ったら訊いてみるよ。
二、三ヶ月前の僕だったら、今こうして母さんに手紙を書いている自分の姿なんて想像すら出来なかったことだよ。心境の変化というか、死生観か変わった、というか、現在変わりつつある状態にいるのかも知れない。
飯田史彦という人の『生きがいの創造』という本を読んでね、死後の世界が在るかどうかなんて知る由もないことだけれど、存在すると思った方が人間の心は遙かに豊かになるんじゃないかと思うようになったの。
それで、母さんに手紙を書こうという考えも湧き出てきちゃった。そんな感じなんだ。
母さんがこれを読んでくれていると想像するだけで、何となく楽しくなってくるよ。それに、あちらに逝ってしまえば現世での教養なんて関係なくなるんじゃない? 目に見えない光の塊のような存在らしいけど、本当なの? 発光浮遊体(?)ってどのような感じなのかな…。そちらに逝けば他の無数の発光浮遊体のことは瞬時に解ってしまうの?
それでね、隣の美智子ちゃん、
どうしてるのかなあ。ほら、僕と同い年だった美智子ちゃん。4歳か、5歳くらいで亡くなってしまった・・・。あの土蔵の家の唯一の格子窓、あの窓から「美智子ちゃん遊ぼう」って呼びかけたことや一緒に遊んだことを、幽かに覚えているんだけれど・・・。またこの世に生まれ変わってきているのかしら? 母さんが生まれ変わるとすると、今度はどのような人生を生きようと、その課題を設定するの
だろう?
母さんは今、母さんの今回の人生をどのように評価しているのかしら? 現世じゃ生活が苦しくて、小学校へもろくに行かせて貰えなくて、母さんは長女だったからね、子守り仕事をして生計を支えなきゃならなかったもんね。僕がこのように母さんを少し距離を置いて考えられるようになったのは僕が高校生になった頃からかな。
今でもまだそうなんだけど、僕はよく目をくしゃくしゃさせる癖があったよね。そんな僕の顔を母さんは横でじっと視つめていたね。視られている気配を感じると僕はもっと目をくしゃくしゃさせた。厭だから
止めてよと言っても、益々おもしろそうにニヤニヤ笑って視つめていたよね。あれはどうしてなんだろう。僕には母さんが子供が苛立ち益々神経質になっていくのを見て楽しんでいるとしか思えなかった。無意識の悪意すら感じて、大変腹が立った。しかし息子である僕はその強烈な磁場の中に呑み込まれて逃れることが出来なかった。
それからもう一つだけ言っておくね。母さんは覚えていないだろうけれど、僕がまだ小学校に上がる前のことだったと思うけど、母さんの乳房を触りにいって、激しく拒絶されたことがあるんだ。実際はどうだったかは分からないけれど、僕がそのように感じて、その記憶が僕の脳裏に固着してしまっているんだ。僕が女性に対して強く母性を求めている反面、無意識下の何処かで女性を恐れているのは、
その体験がトラウマとなっているからだと思っている。
僕が初めてデートに誘った女性との関係をスムーズに進められなくて、しかし僕の思いは益々募っていき、ついにその女性に好きだと告白したとき、その女性を怒らせてしまった。私の言葉や態度に何か錯覚を起こさせるところがありましたか?もしそうなら失礼なことをしたことになりますから、と凄い形相だった。僕の言い方にも問題があったのだろうけれど、
怒った女性の顔を見てしまったことは僕にとって決定的なことのように思われたんだ。そんなことがあっても僕はその女性がまだ好きだった。でもその女性の怒った表情が僕の脳裏にこびり着いてしまっていて、好きな気持ちどうしても素直に出せなくて、と言うか恐怖感のようなものがあって、その女性との距離を縮める努力をしなかった。僕にもプライドがあったからね。お互い言葉を交わす機会があったのに、
殆ど言葉を交わすことなく二、三年の月日が流れ、その女性は僕の知らない人と結婚したようだ。
幼い僕の手を激しく拒んだ母さん。そのように今でも思い込んでいるんだけれど、僕は決して母さんを怨んではいないよ。本当はもっと感情的になって憎んだり怨んだりした方がよかったのかも知れない。でも僕は母さんを哀れんでしまったのだよね。
そう言えば母さんは他人を決して憎んだりしなかったね。母さんの怒った表情は僕の記憶にはない。愚痴を言ったり、自分を憐れんだりしている
母さんの姿ならすぐ目に浮かんでくるけど・・・。
僕が小学校に入るか入る前の頃、高校生くらいだった美恵ちゃんが一人で自転車に乗って母さんを訪ねて来た時のことを僕ははっきりと憶えている。美恵ちゃんはあの時、実の母親に会いに来たのだったんだね。少し大きくなって兄ちゃんから聞いたんだけど、母さんは美恵ちゃんを産んだ直後に、大工をしていた夫が亡くなったため、美恵ちゃんと引き離されてしまったんだね。母さんにはそれしか生きる道はなかった。それが
母さんの心の傷になったんだと僕は思ったわけ。母さんは僕のようにその事をあれこれと分析したりはしなかっただろうけど、母さんの心の奥ではその事が母さんの母親としての心情に何らかの影響を与えたのだろうと僕は推測するわけ。そうすると、乳房を触ろうとした僕を激しく拒絶した母さんを僕は憎めなくなったんだろうと思う。そう思うことによって、僕は僕の心の傷を自分で包み込むことにしたんだと思う。完全に癒や
された訳ではないんだろうけれど、癒やされたような感じを持つことが出来たんだと思うよ。
僕が中学・高校の頃は、僕にはもう一人姉がいるんだ、異父姉弟のお姉さんがいるんだ、色々と話をしてみたいという願望が強くあったけれど、引っ込み思案だった僕は気楽に美恵ちゃんに会いに行くことをしなかったし、出来なかった。美恵ちゃんは僕のことをどう思っているんやろ、姉に甘えるような気持ちで話してみたい・・・思春期の頃に抱き始めた願望は
顕わになることはついになかったようだけど・・・。
しかし、母さんの三回忌法要の時、僕が二十七、八歳の頃に作った詩を美恵ちゃんに見せたんだ。それは母さんのことを述べた詩(のつもり)だよ。兄ちゃんが嫁さんをもらい、母さんはやっと楽できると言ってたけど、実際はそんなに母さんの思うようにいかなかったね。母さんの嘆き節をよく聞かされていた頃のことだよ。母さん
には義姉さんを優しく思いやる心遣いはなく、自分中心にしか考えられないところがあったし、嫁と姑の問題は僕に言わせればどっちもどっちだよ。でも、母さんの人生って何だったんだろう、母さんはこの世に生まれてきて本当に良かったと思ったことがあったんだろうか・・・と思ってしまう。
美恵ちゃんからはその詩についての感想はなく、そのことで最近だんだんとその詩が、若い頃の詩だからなおさら、
生意気な詩のように思えてきているんだけれど・・・。
もうあちらへ逝ってしまっているんだもの、こちらに居たときの感情で読むことはないでしょう、ね?。それで、生意気な息子が若い頃に作った母さんを詠った詩をおくります。聴いて下さい。
母と息子
― tears were trivial before a destiny such as this ―
from "The Nether World" by G.Gissing
彼女は若い頃の生活に強制された不養生が原因の持病をかかえている
彼女の躯全体には苛酷な現実との苦闘の歴史が刻みつけられている
彼女はそれを誇るには余りに無知で無自覚でその分だけ時たま歌う少女時代の子守歌には息子に到底
共鳴不可能と思わせる悲しみが籠っている 何かが
彼女の若い感受性を破壊した!
彼女の心の深みには優しさの共鳴箱が静かに眠っている筈なのに・・・
彼女に好意的でない時間の奴め!
そそくさと通り過ぎって行ったのか!
歳月の長く重い累積性が
彼女の手や足に
或いは顔のいたるところに読み取れる ― がしかし
息子は孤児のように寂寥として
そんな母親に憎しみの棘を放つ
無関心な棘 絶句する棘
老人のような諦観の中で キラリと光る棘
彼女につながる言葉を探す時の 苛立たしい焦慮の棘
自虐的な棘 傲慢な棘
生理的なとりもちのような棘
<家庭はこれであってはならない!>と自問する時
棘はいっせいにそれらの先端を鋭く光らせる!
彼女は無垢なだけに残虐だ
現実の素朴な反映以外の何ものでもない!
息子は自分を納得させる
としても・・・
なあに 息子も
久しく慣れ親しんだ
娯楽のなかった生活を生き抜いてきた彼女が
テレビに慣れ親しんでいったように
彼女はたしかに無垢だ 嘘はつかない
そして情も深いのだ
自己の外へそれをおしだす積極性が無いだけに
自分を哀れんでいる姿は痛ましく映るものだ
かつて 息子の棘は彼女の両眼へささった!
彼女の一番の急所なのだ
息子の一番の泣き所なのだ そんな時
息子の西洋仕立ての知識など それこそ
のれんに腕を押すように滑稽だ
息子はタジタジと無知を晒す
それだけだ
朝 息子が出かけがけに
彼女の両眼はかすかに潤みを帯びていた
持病が今日は重いらしく
― 嫁に優しい言葉をかけてもらいたい
― 誰もかまってくれはしない
世の姑の愚痴がポロポロとこぼれていた
息子はもう慣れたもので
顔に奇妙な作り笑いを浮かべた後
言葉少なに出かけて行った
彼女が孫に買ってきた
<石童丸の絵本> あたかも
幼稚園児のように
一つ一つ言葉を拾うようにして読んでいた あの
美しい悲哀! を
思い浮かべて そして
即刻それをしまいこむような速度で
母さん。母さん、安らかにお眠り下さい。
今生のあなたの息子 梵信 (1999年11月1日)
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