【上梓 2014.11.09】

高田の馬場


 ここはお江戸の八丁堀 水谷町は 大家五兵衛の表の方(カタ)
 ホロ酔い 機嫌の千鳥足 髪は いつ結うたまヽじゃやら
 鳶(トビ)か 烏の巣の如く ひげはボウボウ伸び次第
 黒羽二重もようかん色 白献 上の博多帯
 垢(アカ)で 染まって茶献上 朱鞘(シュサヤ)の 大小落し差し  長刀(ナギナタ)草履(ゾウリ)に身を乗せて
 変な 処へ弥蔵(ヤゾウ)きめこんで 酔うたよたよーうたーよーたーよた
 お酒呑む人心(シン)から可愛い 呑んで管巻きゃ 尚(ナオ)可愛い
 可愛い可愛いや すたこらさのさのどっこいさ
 手拍子打って 戻り来るのが あれが喧嘩屋安兵衛だ
 嗚呼 呑んだの安兵衛 ぐでんの安兵衛 ボロ安兵衛
 葬式安兵衛 一人で 名前が五ツ六ツ これが中山安兵衛なり

五兵衛(ゴヘエ) 今戻った

安さん 今戻ったんじゃないよ お前さん今日はそんなに落ち着いていられちゃ困る それ いつもお前さんの処へ使いに来る 伯父さんの家の木又佐次郎という 若党が つい今しがた血相を変えてこの私の家へ駈け込んで来た 他でもないこの手紙だ 一大事でございます 若旦那お帰りになりましたら 一刻(イットキ)も早く 読んで貰って下さい 私にポーンと預けて 自分はまたビューッと表へ飛び出して行ったんだが 安さん どうもその様子がただ事じゃない 私しゃさっきから 胸騒ぎがしていけない 安さん いやでもあろうが今日のところは この大家五兵衛(ゴヘイ)の顔に免じて 一旦この場で酔いを醒まして それ この手紙 読ん でおくれ

胸元に突き付けられたのは 伯父菅野(スゲノ)よりの書状であります 嫌々ながら安兵衛 断りかねてその場で封を押し切った 酔眼朦朧(スイガンモウロウ)と どうれ

何々 早速ながら書面をもって 御通知申し上げ候 本年三月三日 雛の祭は上巳(ジョウシ)の節句 殿中にて家中一同に御酒下されの当日 かねて 剣術指南を仰せ つかる 村上庄左衛門弟三郎左衛門兄弟 常日頃から我が武芸をそねみ 折りあるならば浪人さそうという下心 菅野氏 御身誠に世上の噂の通り 一刀流御自慢な さるとあれば なくて叶わぬのがこんじちょうかめわりの極意 エー 本日は殿の面前においてその極意 見事に鉄を真二つにィ 斬ってお目にかけられいと申した 故 我は何分にも老人の悲しさ とてもこの場で斬る気力はござりませぬと 遠慮をなして控えておれば さては菅野は禄(ロク)盗人(ヌスビト) 何ぃ さては菅野は 禄盗人…… 知行泥棒と高笑いを致した 伯父も武士なら後には引けず その日は首尾よく殿の面前において 鉄を真二つに打ち切り 殿様より意外なお褒めの 言葉を頂戴したが すすめた当の村上兄弟は切り損じた 殿様には 事の他なる御立腹 兄弟はその日のうちに城下より姿を消した 然るに昨日十二日 村上兄弟 より我に宛てての果し状 君前(クンゼン)の遺恨があるで明(ミョウ)十三日四ツ刻までに高田の馬場に御出張あれ 武士の意気地の果し合い 真剣もってお相手仕る 菅笠 も 剣(ツルギ)の雨に命果たされよの文面 引くに引かれぬ武士の意地 伯父は明日 時刻たがわず高田の馬場にまかり越し 村上兄弟相手にとって斬り死に致す覚悟 じゃが 書面を読んでもこれ安兵衛 汝は必ず 高田の馬場へ来るではない 来ればそなたも共々に 返り討ちになるは必定 さすれば 中山の家名を興す者がない  伯父亡き後は 慎むべきは酒 酒をばやめて 酒おばやめて 一日も早く中山の家名再興致してくれるよう 草葉の陰から 伯父は見て 何より嬉しゅう……

五兵衛 貴様今頃になってかような手紙 拙者に見せて何の役に立つと思うておるか このツ 馬鹿者!

安兵衛は腹立ちまぎれ その手紙を五兵衛の横っ面へピシャッ と叩き付けておいて あわてて表へ飛び出そうとしたのですが 何事によらず 急(セ)いては事をし損 ずる 如何に安兵衛が自分の腕前に自信がありましても 真剣勝負は身支度が肝心であります 傍らに落ちておりました荒縄 拾(ヒラ)うが早いか十文字に襷(タスキ)に掛 けた 水瓶の水 頭から ザブッと被った 影山流の早濡れ具足 用意は良し 八丁堀あとに 高田の 馬場へと 駆けィ出した

口々に 高田の馬場の噂話をしながらゾロゾロ ゾロゾロ と引き上げて来る多勢(オオゼイ)の見物人 聞けば 伯父の菅野も佐次郎も既に斬り死にしたらしい

しまった!

人をかき分け安兵衛が たったったったったったっ……向こうから ひときわ目に立つ武家風の親子連れ その娘の方に 急いていた安兵衛がすれ違いざま ズドン と 突き当たった よろよろとよろめくのを尻目に見ながら 無言のまますっと 行き過ぎようとした安兵衛の 大刀の鐺(コジリ) ぐいっとつかんで

あいや しばらく 二本差された武士(モノノフ)が 他人に無礼を働きながら何の言葉もなく行き過ぎようとなされる 女二人と見てとって あなどられたるなされ方 御返 事次第で御容赦は成りませぬ 御浪士 返答如何に

ハハッ これはこれはお許し願いたい 天にも地にも たった一人の拙者の伯父 高田の馬場で無惨な最期 仇(カタキ)を逃がして相成らず 駆けつける途中でござる 心 急くまま無礼の段 平に 平にお許しが願いたい

それはそれは 左様なお方とも露知らず 女だてらに差し出た振る舞い 平にお許し下さる様 はて 高田の馬場の 適討(カタチウ)ちとござりますれば 相手は多勢 御 油断は禁物でござりまするぞ それ 只今 あれにずっと 張り巡らした幕張りの内らで 勝利に酔うて一同の者 まだ去りやらず 目出度い 目出度いと酒盛りの 真っ最中 お心静かに御乗り込み遊ばせ ハー 私は 浅野の家中 堀部弥兵衛金丸と申する者の妻 これに 控えておりまするが不束(フツツカ)ながら娘の八重と申します る 陰ながら御本懐 神かけてお祈り申し上げておりまする おおしばらく あの それから今ひとつ 貴方様のその縄の襷(タスキ)はこれからのお働きにいささか不吉 かと心得えまする 八重 そなたの腰帯を……

早速 娘の締めておりました緋鹿(ヒカ)の子の 燃える様な腰帯を解いて安兵衛に貸し与えます 母親の差しておりました簪(カンザシ) 娘の差しておりました簪 二本の簪 をとって 新しい手拭の上に並べて二本乗せまして これは無言で安兵衛の前に

結構なる下され物 忝(カタジケナ)く頂戴仕る

手に受け取った安兵衛 その手拭は縦に四つにたたみ 簪は比翼(ヒヨク)にはさんだ 腿(モモ)に当てがい 三日月形に鉢金(ハチガネ)の代り 後鉢巻き目のつる如く 高田の 馬場へ来てみれば 松の根方 朱(アケ)に 染まった伯父菅野……

 あヽ情けない 伯父上様 如何に安兵衛 呑めばとて
 伯父の難儀をよそに見て 何故このまヽに済まされましょう
 かヽる無惨な御最期を 遂げさせたるも 明け暮れ酒に 酔いしれた
 この武常(タケツネ)の成せるわざ お許し下され伯父上様

安兵衛ほどの武士(モノノフ)も 身も世もあらず嘆きすがる この時 血筋というものは争えぬもの 伯父の菅野の両鼻から ドクドクドクドク……

 出す鼻血

 木又 よう死んでくれたのう
 其の方(ソチ)が誠の忠なるぞ 一期(イッキ)半期(ハンキ)の
 奉公人のそなたでも 主(シュ)を 大事と思やこそ
 下郎の身には 叶わぬ敵に斬り込んで
 死んでくれたか 嬉しいぞ 伯父上様の御供して
 死出の山路の高いのも 六道の辻の暗いのも
 共に手に手を取りおうて 行ってくれいよォのう木又
 仇はこの場で討ってやるぞよ 良いか木又よ これ佐次郎と
 伯父と 家来の 遺骸をば 抱(イダ)き起こして 猛虎も
 ひしぐ中山も 赤心(セキシン)を 絞りて出ずる血の泪

幕張り内にもの申ーす 越後新発田(シバタ)の浪人 中山安兵衛武常 菅野にとっては血筋の甥 卑怯で遅れて来たのではない 幕張(バ)り内(ウチ)の村上兄弟 見参 見参

呼ばわる声に 村上正左衛門をはじめとする十七人がズラリッ と 安兵衛の前に姿を見せました あともう一人おります が これはまだ 安兵衛の前に姿を現さ ない 呑んだの安ぐでんの安と言われているが こやつが一旦剣を取って真剣にサァコイッー 立ち向かって来たなれば 天が下でもいらいてはない 日本一の武芸 者であるということを かねがね噂に聞いている 今日は十七人の仲間を先に安兵衛に向わせてみて とてもかなわないと見てとったなれば 伯父をやった計略 後 から 一突き 田楽刺しにしてやろうという卑怯者であります 幔幕(マンマク)の目透かしの間から ジーッと 安兵衛の動静を伺っております 知ってか知らずか

さァ来い 貴様らの持ったなまくら物で この安兵衛が斬れるものなら斬ってみろ さァ来い

ピタリッと身構えを付けたその身体には さすがにもはや一部の隙も見当たりません 何と言っても 十七人が一遍に掛かる事は出来ない まず三人だけが前へ進ん だ 左手から 槍をひねったのが 九州浪人中沢伴造であります 正面から立ち向かったのが その弟で喜右衛門 右手から リューッ 槍をしごいたのが蒲原(カンバラ) 五郎左衛門 三人が一時(ドキ)に安兵衛の身体に ピタリ と身構えを付けました 十月十三日の時刻は丁度真昼時 太陽は 高田の馬場の真っただ中 さんさんとし て降り注いでおります 三人の刃物が 太陽の光を照り返して ピカリ ピカリ ピカリ ピカリ 輝く有様は目もくらむ様な物凄さ ところがどうした事か 肝心の 安兵衛はいつまで経っても落ち着き払って 腰の力を抜こうとはしない 矢来の外(ソト)の見物連中はもう気が気じゃない

オーイ 安さん 何をのんびりしているんだ お前さんがやられちまったら伯父さんの仇は誰が討つんだ 安さん落ち着いてねえで早く刀を抜け 抜けよー 抜け抜けー

抜けや抜けや抜けやと騒ぎだした その中(ウチ)にも 何の容赦はない 三人は三方から ジリッ ジリッ と安兵衛に迫る そのうちに 何処に隙を見出したものか 三 人が一時(イチドキ)に

ダァッー

見物人は脇の下から冷汗びっしょり

あっ 安さんやられた

ヒョイッ 目を開けて見ますと 安兵衛の姿が見当たらない どうして安兵衛やられてなるものですか 紙一枚という僅かな隙 タッ 空へ跳んだ 安兵衛得意の天狗 飛びきりの妙術であります 不意を打たれてトントントン 前へのめって 三人の刃物が折り重なってパッと火花が散った 肝心の安兵衛の姿見えないものですから  九州浪人中沢伴造 安兵衛は と振り向いた 空に跳んでおりました安兵衛 降りて来る時にははや大刀の鞘は払っていた 振り向いた伴造の丁度首筋 あつらえ 向きに白刃(シラハ)が飛んで来た 首と 胴との生き別れ

 それ叶わぬぞえ
 御油断めさるな
 心得た

 抜きつれ抜きつれ斬って来るのを中山は ことともせずにしのぎをけずる
 あれあれあれー 安兵衛の持ったる 刃物は
 中山道は美濃の国武儀郡(ムギゴオリ)の名刀鍛冶 関の孫六兼元先生
 鍛えに鍛えた剣(ツルギ)じゃもの 斬れるも斬れるはあら恐ろしや
 一の胴 二の胴三の胴 けんせいちわり代々 旅形(タビガタ)
 腰車切って回った有様は 風に 木の葉 葉の散る如く

 眺めた見物喜んだ さすが安さん
 呑んだの安ではあるけれど 腕にかけたら日本(ニッポン)一
 安さん 勝負が済んだなら 二升でも 三升でも呑ますぞえ
 俺も呑ますぞ俺も飲ますぞと 我を忘れて騒ぎ出す
 見物人のその中で さも嬉しげに にこにこ笑って見ていますのは
 今しがた襷(タスキ) 鉢巻貸したる親子の者
 これ娘 毎月毎月雑司ヶ谷 神参りは何の為
 少しも早く そなたに 良い婿定まります様
 神頼みの帰り途 計らず逢うたるあの御武家が
 将来 そなたの夫(オット)になる人よ
 良い婿殿が定まった 嬉しかろうなこれ娘
 この事屋敷に立ち帰り 旦那様に話したなれば
 さぞや さぞさぞー喜びの事ならん

婿殿あっぱれ

 この時 後(ウシロ)の 方(カタ)よりも 「退(ド)いた 開(ヒラ)いたそこどいた」と
 見物人を押し分けて 進み出でたる一人は 深編笠で面体包み
 通りがかりの旅侍 儀を見てせざるは勇なきなり
 御(オン)助太刀をば仕る 後(ウシロ)は拙者が引き受けたと
 言うたる時に見物一同 安さん そいつだそいつだ
 伯父もその手でやられたのだ 安さん危ないそれ後 それ後
 一人で言えばわかるのですが 一時(イチドキ)にワイワイ ワイワイ騒ぐので
 更に安兵衛の耳には入らない いずれの方かは知らねども
 たかが知れたる雑兵ばら 武士の恥をば御存知あらば
 助太刀御無用村上覚悟と 斬り込む太刀(タチ)

 今のうちだと リューリュ―リュー
 安兵衛の後から 抜き足 差し足 忍びの足で
 ジリリ ジリーリーと詰め寄った
 間(アイ)を計って中津川

デェイッー

 パッとくり出す手練(シュレン)の槍
 振り向きーざまに安兵衛が
 横一文字に薙ぎ払った
 どうとその場にうち倒れる
 斬ったも斬った十八人
 見事に討った 伯父の仇(アダ)
 誉(ホマレ)は 今に 高田の馬場



【 == コロンビア 極付 この節この一番!! 「高田の馬場」 台本より == 】