【上梓 2014.11.23】

出世太閤記
 〜秋風矢矧の橋〜
 空に黒雲 流れ雲
 群雄あまた割拠して
 龍虎互いに睨み合う
 麻と乱れし戦国に
 卑賤の身から起ち上がり
 日本全土を制覇する
 出世双六太閤記

おい 日吉 どうしたんだ お前 今日はまた 日頃のお前に似合わぬ えらく元気がないじゃぁないか

あヽ餅屋の小父さん 俺今日は 朝から何も喰ってないんだ 腹がペコペコだぁ

なんだ そんなことか それならな ちょうだよかったぞ 今日はな 珍しゅう うちの餅が売れ残ったんじゃ 小父さんが御馳走してやろう なあ腹一杯喰え

いや 俺は 他人(ヒト)から ふるまわれるのは嫌いだ

そんな 他人行儀なことを言うもんじゃぁない 子供らしゅう 素直にたべろ

でも 僕はこんな恰好はしているが乞食じゃぁない いくら親しくてもいくらひもじくても いわれもなく人にほどこしはうけぬ あ そならな 小父さん  こうしてくれないか 俺 めっきり はっきり これっきり 三文だけ持っているんだ 今日は旅人の往来が少ないんで 荷物を持たせてくれる人がなかった  この三文がとこ餅をくわせておくれ 三文でも銭はらゃぁお客さんだろ 茶でもいれて 丁寧にあつかえ

なんだまた えらそうに ハハハいやいや成程成程 いわれてみりぁその通りだ ハイハイ毎度 ごひいき様で有難うございます どうぞ おかけなすって お小僧さん ……ハイ お餅をどうぞ

よし そこへ置け!

またまた えらそうに

しかし親父 こうしてみるとこの餅は ちょっと固そうだ 昨日の売れ残りと違うのか

冗談を言うな この街道で親爺が自慢の名物矢矧餅… 昨日の売れ残りなんぞ 売ったりするか ぐずぐず言わずにさっさと食べろ それより日吉…… 秋の日は短いぞ  もうすぐ日が暮れよう お前 さっきから 偉そうなことを言うておるが その三文をここで餅代に使うたら今夜の宿銭がないのと違うのか

その心配なら要(イ)らぬ 俺の宿(ヤド)は矢矧の橋だ 毎度のことで馴れておるわい 今夜も橋の上でゴロ寝だぁ

 気にもとめない 呑気な小僧 着たきり雀の 風来坊
 ボロの着物に 縄の帯 垢にまみれて 目ばかり光る
 歳は 十二か 十三か 柄が小さく気が強く
 猿によう似た面がまえ 橋の袂(タモト)にたたずめば
 枯れた柳に 秋の風 ゆききの人の 影もない
 暮れて 寂(サミ)しい 矢作橋

あヽ手頃な筵(ムシロ)が落ちていたぞ あーよかったよかった さ ドッコイショ

 筵でくるりと 柏餅 肱(ヒジ)を枕に橋の上
 うつらうつらと微睡(マドロ)めば 夢は故郷の空にとぶ

日吉……今度こそようつとめて帰されんようにしておくれ お前が 奉公先から戻されてくると父(トト)の機嫌がえろう悪い さりとてまた お前を奉公にだしたら  母は その日から気がかりで寂しうて夜の目もねられん 日吉 母はお前が一番可愛いいのじゃ

おっ母ぁ おっ……夢か……久しぶりで故郷の夢をみたなあ なつかしいおっ母ぁの顔を見た それにしても 今何時だ… あ 三日月さまが出ている もう四つかな  三日月さまも寒そうだなぁ あヽ俺も寒い

 生まれ故郷は 尾張の国 愛知郡(コオリ)は中村の
 農民 弥助(ヤスケ)のせがれ 天文(テンモン)五年丙申(ヒノエサル)
 しかも正月元旦に 産声(ウブゴエ) あげた日吉丸
 生まれついての 腕白で 村じゃ 一番餓鬼大将
 義父とは言えど なさぬ仲 それに気をかね
 どこへ出しても つとまらず 三日坊主で辛抱できず
 果(ハテ)は故郷を飛び出して 知らぬ他国をさすらいの

 いまじゃ 浮草裸虫 故郷の村なんか どうなったっていい でも俺のおっ母ぁだけは おっ母ぁだけはいつまでもいつまでも元気でいておくれ さぁ  あしたはまた早くから働かなくちゃぁいけない もう一眠りするかぁ…

 またもゴロリと 筵(ムシロ)かぶって横になる
 折から耳にザワザワと 大地にひびく足の音

十人余りの家来を従えた野武士らしい逞しい男… いずれも 槍 刀 厳重な身ごしらえ

なんじゃなんじゃ こんなところで筵をかぶって寝ておる えい 邪魔な野伏(ノブセ)りめ!

蹴とばして行きすぎようとする むくむくっと起き上って野武士の大将が持っていた槍の柄をむんずとつかんだ日吉丸

待て!何者だ 他人の頭を足蹴(アシゲ)にして 黙って行きすぎるとは何事だ 名を名乗ってあやまって通れ!

ほほうハ…小僧 寝ていたのか それは拙者が悪かった いさぎよくあやまろう しかし 貴様も悪いぞ いかに夜中とはいえ  人が通行を許されたこの橋の上で大道せましと寝ておる

あヽそうか 言われてみれば こっちも悪い それは拙者が悪かった いさぎよくあやまろう

真似をするな まねを ワッハハ……面白いわっぱじゃが 歳はいくつだ

十三だ

名は

日吉丸

おう それはいい名だ それにしても家はないのか

故郷(クニ)へ帰れば家はあるが 貧乏 くいつぶしているのは親に気の毒だから 家をとび出して出てきたんだ

それで今 何をしておる

旅人の荷物持ちをして駄賃で生きている

おヽそれはえらい しかしのう小僧 こんな所で そんなことをしているよりどうじゃ 拙者の家来にならんか とりたててやるぞ うむ? その気にならんか

折角じゃがならん

ならん?

小父さん達は野武士だろう 小父さん 小父さんがすっぱの大将か

こやつ 御大将をすっぱなどと

あヽ捨てておけ捨てておけ いかにも野武士じゃ

野武士なら 斬りとり強盗もやるんだろう

その通り 歳のいかん貴様にはわかるまいが 今武士は互いに くうか喰われるか 虎狼のように睨みおうて生きておる  この激しい戦国の世は弱い者は強い者に負ける 強い者が勝つのではないぞ すべからく勝った方が強いのじゃ わかるか小僧  我々とてもいつまでも野武士ではおらん いずれは一国一城の主(アルジ)となる望みを持って生きておるのじゃ

一国一城の主…… 小父さん 俺が小父さんの言うことを聞いて家来になったら 俺のような者でも武士になれようか

おヽ 貴様ならなれよう 腕と器量次第ではのう

ところで小父さんの名前は何というんだ?

拙者か 拙者は尾張の国 海東(カイトウ)郡 蜂須賀小六正勝という

蜂須賀小六 うーん きいているきいている この辺りで鬼のように恐れられている野武士の大将だ やっぱり強そうだなぁ  鐘馗(ショウキ)さまのような立派な髭を生やして けど 小父さんは 俺が考えていたよりはずっと若いな

ほう拙者が若いか…

ああ 若い若い 名前の通り 小六三十…

ワッハハ…… 気に入った気に入った 面白い小僧じゃ 今夜の仕事について来い 今夜はお前にとっては初陣じゃ 立派に手柄をたててみせろ

そしてその夜岡崎の宿のはずれのかけの郷 長者の屋敷に押し入りましたが 思いもかけず相手の備えが厳重で 警護の武士も数多く 蜂須賀方は無惨な敗北  家来の多くは討ち死にをして さすがの小六正勝も九死に一生 すでに危ういところを日吉丸の才知によって助けられ  辛うじて蜂須賀村の我が屋敷まで引き上げてまいりました

日吉 今夜という今夜は 初めて出逢うた子供のお前に助けてもろうた いや有り難く礼を言う いや たいした知恵と度胸のある小僧じゃ うん何か礼の品をやりたい  どうじゃこの刀 拙者が差料(さしりょう)青江下坂二つ胴 敷腕という折紙がついておるこの業物(ワザモノ) これをただではやらんぞ 三日の間に見事拙者の手元から 盗み取ったなれば 褒美としてつかわすがどうじゃ

それは中々面白いなあ 小父さんどうも有難う

いや 礼を言うのはまだ早いぞ

いやぁ こうなったらもう貰ったも同じことだ

ほざいたな小僧 ようし大言通り見事に盗んでみせろ

さぁ それから小六は 青江下坂の一刀を片時もはなさない 夜はしっかりと抱いて寝る これではいかに日吉の機転をもってしても盗み取ることは出来ません  一晩 二晩は何事もなく過ぎた いよいよ三日目最後の夜 今夜こそは必ず忍んでくるであろう 宵の内から手ぐすねひいて待ちかまえておりますと  夜更けて雨が降り出した 濡れた地面にピタピタピタ…と忍びやかに近づいてくる人の足音

いよいよ来た…

その足音は小六の部屋の軒下でピタリ…と止った やがて…その軒下で傘に降りかかる雨の音が聞こえて出した

隙を伺うておるのか

何時になったら日吉の姿があらわれるであろうかと 息を殺して待ち望んでおりましたが いつまで待っても日吉丸の姿は現れない しかもその雨音は  同じ軒下にとどまったまま動こうとはせぬ

よし こうなったら猿めと辛抱くらべじゃ

時は流れて やがて聞こえる七つの鐘…

うむ それにしてももう夜明けが近い さすがの猿めもまいったことじゃろう

三日三晩というものは 刀を抱いて一睡もしていない小六 もう大丈夫であろうという心のゆるみも手伝って 刀は床の間の刀かけに立てかけたまま 脇息にもたれてついトロトロとまどろんだ

御大将 御大将おやすみでござったか

家来の一人に声かけられて ハッと目覚めた小六 あわてて床の間に目をやると

あっ しまった

刀は見事に消えていた

うーん 猿め 誰ぞおらんか 早う日吉を呼べ 雨戸を開けよ

雨戸は開いたが 日吉の姿は何処にも見えぬ

 夜来の雨は 今朝晴れて 庭の紅葉に陽が映える
 軒端近くに三筋の縄で しっかりくくった青竹を
 かなえのように立てかけて 笠がポッカリ乗せてある

あっ これじゃ これじゃ

 笠にパラパラ降りかかる あの雨音に気をとらせ
 疲れて眠ったその隙に

うむ この勝負はたしかにこの小六の負けじゃ

 丁度その頃日吉丸
 見事手にした下坂の 刀一ふり腰にして
 廿日(ハツカ)ねずみが十六大角豆(ジュウロクササゲ)を くわえたよう
 スタコラサッサと逃げ出しながら 心の中で思うには
 蜂須賀小六のすすめでも 野武士の家来になってまで
 武士になるのは真平御免 どうせなるなら
 立派な人に仕えた上で この戦国の荒波を
 知恵と度胸で乗り切って 立ててみせたい巧妙手柄
 せめて生きよう武士として これが男の行く道じゃ
 その念願が実を結び 尾州清州の反逆児
 織田上総介(カズサノスケ)信長の 家来となって認められ
 やがて十年二十年 三十余年過ぎた日に
 見事花咲き豊臣の 太政大臣関白の
 職になおった秀吉こそ 矢矧の橋の日吉丸
 人生五十泡沫(ウタカタ)の 夢がまことの人を生む
 十三才のその昔 流浪の果てに宿をかり
 恵みを受けた蜂須賀は 後年阿波の徳島で
 廿五万と七千石 その蜂須賀の仁政(ジンセイ)
 阿波の踊りにあらわれる 踊る阿呆に見る阿呆
 同じ阿呆なら踊らにゃ損と 阿波の殿様蜂須賀候が
 今に残せる盆踊り 出世双六ふり出しは
 三州矢矧の橋の上 結ぶゆかりの縁の糸




【 == CD:KING RECORDS 蔵出し浪曲名人選(29) より == 】