HTML文書については時間がなくて練習できないが、だんだん興味が湧いてきたとのこと。
そして、人が書いた文章を興味本位に次々に読んでいる自分に少し異和を感じながらも、あちこち読ませてもらっています、とも。
勝手な想像ですが、柿本さんは、やっぱり芭俄梵さんのことではありませんか? 違ったら、失礼。
彼女はExplorerで、Stationaryフォルダ内にあるHTMLファイルを調べてみて、便箋の雛形がどのようにできているのか、納得
したようである。そして、梵信さんのような、お花のはありませんでした、ご自分で作られたのですか? と、期待通りの質問を
どんどんしてくれる! 教え甲斐があるってもんだ。この調子なら彼女、自分でもすぐに作ってしまうだろう。
彼女のお世話になったボーマン夫妻は、教会でお年寄りの話し相手になってやったり、学校の問題児達のために
イベントを企画し楽しみを作ってあげたり、とてもいい人達だったそうで、留学が一年半以上にもなったのも、そういうラッキーな
出会いによるのだろう。長く滞在できたからこそフィリップさんとも出会えたのだし…。
仕事にも慣れ、順調に生活が進展しだしたようだ。しかし、実は彼女、職場の煙害に悩まされているらしい。 ― 喉は痛いし、
髪はくさくなるし。あー、梵信さんも吸われるんでしたっけ? ごめんなさい。
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- [9/19 18:32]多重人格者より
春恵さんへ。 ご安心下さい。私は決して多重人格ではありません。五年ほど前に『心のさざ波・心の渦』をワープロで
書き、本にし、十冊ほど出版しました。その本の装幀を担当したのが芭俄梵士、著者が柿本実稚です。そして、HP製作者が
ご存知、芭俄梵信。それらの人格を統括するのがこの私、梵信。とまあこのようにご理解下さい。
芭俄梵士はフランスから
帰国後は全く研鑽を怠っており、春恵さんのように人々の注目を集めるような絵は描けない、駄目な奴です。因みに芭俄梵士が
SUPER KID というペイントソフトを用い、肩を痛めて描いたのは "リュクサンブール庭園" と "下宿の窓からの眺め" と "パリ市街図"
だけです。貼り付けてある写真と比べてみればどの程度のものか一目瞭然でしょう。特に "リュク庭園" は出来は悪くいやになりますが、
語学学校からの帰り、いつも通る所で、向うにパンテオンが白く輝いていて、気に入りの光景です。
『心の波・渦』を纏めているときは、自分の心が癒やされているのを感じましたが、『青春日記』は赤面するところがたくさんあり、
これはちょっと恥ずかしいですね。しかし、公開してしまったんだから、まあ仕方がないか。
文学作品は「癒やし」が根本じゃないかと思います。まず書く本人が癒やされなければならないし、読者もまた何らかの意味で心が
癒やされてこそ、その作品の存在価値があるのじゃないかと思っています。 『心の波・渦』は青年の心の劇を述べたもので、一般性が
あるのかどうか判りませんが、その中には少なくとも私個人の心の傷(トラウマ)を認識するドラマがあるのです。読んで下さる方には、
「苦しい、不安だ・・・」と何時果てるとも知れない繰り言にお付き合い願うわけで、本当に感謝します。
最近読んだ本の中で、胎児は五〜六ヶ月位になると感覚器官がすべてそろい、母親の精神状態がわかるようになるから、その頃から
一歳未満までの母親との関係によって子供の精神状態の核が形成されてしまうそうで、現代の科学はここまで解明しているんだと
感動しました。そして、臨死体験者が共通に見るというヴィジョンはこの頃の胎児の視覚的イメージと関係しているのじゃないか、
等と思ったりもしました。 過去生については半信半疑なのですが、でも非常に興味があります。紹介して頂いた書物はまだ半分
も進んでいませんが、著者の姿勢に好感を持ちました。現在、興味深く読書中です。
あまり気にしないで、質問があればドンドンして下さいね。モーレツ社員の如くバリバリ忙しく働いてはおりませんので…。私の
現在の仕事は月に四回ほど宿直があり、それで明け休みを入れると月に少なくとも十日は家にいます。武庫川を CD を聴きながら散歩
したり、本を読んだり、たまに映画を観たりで、取り留めのない日常です。時間は充分ありますので気にしないでください。
HTMLファイルの背景に画像を使うやり方を Upload しました。春恵さんもご自身の便箋を作ってみますか? Windows のペイントで
作った画像は .bmp 形式です。これはメモリーが大きい。これを .gif 形式に変換しないといけない。変換ソフトをお持ちでなければ、
作った画像を添付ファイルとして送ってくだされば、gifに変換して送り返しますよ。どの位の大きさに作ればよいかは秘密の扉より
お入りください。
春恵さんの個人的なおしゃべり、大歓迎! 貴方のお姿が徐々に見えてくるような気がして、楽しいです。私は八年ほど前に禁煙し
ました。春恵さんに嫌われなくて、よかった! 私の職場でも禁煙者は少数で・・・、あの煙の奴め!という気持はよく解ります。
自分が吸っていたときもあの煙は厭でした。止めている今は、憎しみすら覚えます。同僚には強く云えないので、ついつい表現が強く
なってしまったようです。喫煙者の気持も解るだけに、ちょっと複雑な感じ……かな。
それではこの辺りで。チャオ。 梵信
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彼女は『二十歳の頃』を読んで、心残りや後悔のようなものを強く感じたと言う。そして、柿本=
私、という前提で考えたので、私に『生きがいの創造』を紹介したのだとその理由を述べている。例えば、梵信さんと私が過去の人生で、
何らかの形で知りあいだった、なんて考えるのは楽しいじゃないですか?・・・海外での文通友達で、やっぱり顔を知らないままで終っ
たことがある…なんて。
彼女が『二十歳の頃』などに興味と関心を抱いて読んでくれるのは、生きることについての苦しみや悩みについて、彼女も何か感じる
ものを持っているからではないか? なぜ彼女はアメリカ留学を決心したのだろうか? 以前から英会話には興味を持っており、習いに
行っていたと確か書いてはいたが…。 『生きがいの創造』は彼女の弟さんの紹介によるそうだが、彼女も「心残りや後悔」を強く感じる
体験を潜り抜けたことがあるのだろうか? そういえば、彼女は vagabond を辞書で調べてみて、アメリカへ向かう私の心は放浪者
のようだったと書いていた。ちょっと訊きづらいが、彼女にも人生の大きな転機があったんだ、と思う。
職場では、パソコンを使える人はあまりいないそうで、エクセルでちょっとした表を作って見せると、すごいなあと言ってくれるのだ
けれど、あいも変らずの煙り地獄。 髪に付いた臭いは洗わないと取れない! 新入りだし、多勢に無勢だし、試練と思って我慢、我慢…。
臭い消しのスプレーと煙草用消臭剤を自分で買って、後ろの棚にこれ見よがしに置いてやった! これが私にできる唯一の自己防衛。
やだやだ、本当にもう! 彼女の声が聞こえてきそうだ。
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- [9/23 22:35]他生の縁?
春恵さんへ。 このように貴方とメールの交換をするようになったのも、私たちの過去生に於ける縁によるもの、お互い
どのような前世を送ったのかと想像すると楽しいですね。ソウルメイトという言葉もいいです。 人間がこの世に生を受けるのは、
自らの魂を高めるため輪廻転生を繰り返し、涅槃の境地を目指すとか。涅槃の域に達した魂は、あの書物でいうところの「指導役の魂」
なんでしょうか。仏教には(キリスト教にも)地獄なんかがあったりして複雑ですが、こちらの方がもっと単純で明るく分かりやすい
ですね。生まれ変わるに際して、自分で自分の人生の課題を設定するのだという考えは、私にとっては非常に新鮮で面白い発想だと
思いました。今迄に聞いたことがなかったし、自分でも思いもしなかったことですから。しかもそれが著者の思いつきでなく、実際
臨死体験者や退行催眠の被験者達から共通して(?)得られた”考え”なのですからね。
「袖触れ合うも他生の縁」という言葉を初めて聞いたのは、烏有(うゆう)(私の恩師の雅号)先生からだったと思います。人との
出会いや関係を大切にという思いが込められているいい言葉だと感じました。そして烏有先生から聞いて実に印象的だった言葉は、
"Whatevr is is right."(この世に存在するものは何であろうと存在価値がある)でした。完全自動詞のbe(存在する)と
不完全自動詞のbe(〜である)の違いを説明するのに先生はこの例文をあげたのですが、受け取る私の方はその言葉に癒やされている
ような感じを持ちました。コンプレックスや自己嫌悪の感情の塊である自分という存在を、その言葉は認めてくれているように感じ
たのでしょうか、ね。
若い頃の私は死後の世界や死後の魂の存在は信じていなかったように思います。『リア王』について書いたときも、人間は自分の
意志でこの世に生まれてきたわけではなく、自らの死を確認することもできない存在であるけれども、生から死までの時間は人間
に属するものであり、その時間に人間は責任を持たなければならない。シェイクスピアの言葉 "Ripeness is all" の意味する
ところもそこにあると思ったのです。 私の若い頃は身近な人の死に接する機会は殆どなく、死や死後の世界について実感的に
考え始めたのは、つい最近、私の父や母の死を通してでした。震災の年に母は他界しましたが、その年に観た大林宣彦監督作品
『あした』(死者が生者に言い残した事が言いたくて再会の手紙を送り、再会するという話)や山田太一さんの小説『異人たちとの夏』
を読んで大変感動したのもその為だったのでしょう。父も母も私のことを気にかけながら逝ってしまったように思いますし、
また姉からもよくそう言われます。
貴方から紹介されたこの書物を開いたときの感覚はちょっと不思議なものでした。
著者の学者としての真摯な姿勢に好感を抱いたこともあるのですが、若い頃なら否定する気持ちの方が強かったであろう死後の
世界の話を、ごく自然に、むしろ期待感を持って読み出していたようでした。半信半疑の気持ちがすべて信に変わったわけでは
ないのですが、半信半疑の気持ちの次元が一段階高まったような気分です。いい書物を紹介して頂いて本当に感謝しています。
ありがとう。
百舌鳥は私にとって親しい名前です。貴方が通われたという百舌鳥駅近くの大学といえば、すぐに判りますよ。実は私の高校
も百舌鳥駅に近い所にあります。堺市は私が高校時代を過ごした町です。
私が通学した大学について、貴方が想像されている所には二年半在学しました。一年半ぶらぶらして、次はもう少し北へ行って、
ここに六年留まり、卒業した年に建物はずっと北へ移転しました。
今回は何故か堅苦しい話で終わってしまいました。次回はもっとリラックスして書きたいと思います。
便箋作りは如何ですか・・・。 梵信
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全く偶然のことなんだろうけれど、ホームステイ先はどちらもボーマンさん。更に、彼女と
フィリップさんをホームパーティで引き合わせたおばあちゃんの名字はグラハムなのだそうだ。我々のメール交換のきっかけとなった
ウィルスもどきファイルを送ってきたのもグラハムさん。
今回の彼女のメールの件名が "It's a small world." となっている所からも想像されるように、
世間は広いよう見えて、実際は狭いものなのですねというような感慨を彼女は抱いているようだ。そして、一昨日『青春日記』を読んで
彼女も「他生の縁」を感じずにはいられなくなった、とか。そこに出てくる通りやバス停の名前とかが、彼女の大学時代の学友の下宿先
を思い起こさせるのもであったり、偶然と言ってしまえばそれまでだが、今働いている事務所のガラス戸越しに、私の母校である工業
高校の校舎の一部が見えるのだそうだ。
自分の便箋を早く作りたいという思いは強く持っているようだ。そしてHTMLファイルの作り方の勉強もしている。しかし、保存
したファイルをダブルクリックしても、何の変化もない…。迷えるど素人にアドヴァイスを!…ほんまに私って。
春恵さんのメールの文章は最初の頃に比べて随分とくだけてきているように思う。最初は人見知りで猫っかぶり、でも本性は隠せま
せん、失礼でなければこのままアクセルを踏んでしまいます、但し暴走しないように、とある。
一方、この私は、あいも変らずに堅苦しいままの文章を書いているようだ。
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- [9/25 22:17]人生の設定値とは?
へえ、そうでしたか。勤めていらっしゃる事務所が私の母校のすぐ近くだったとは! 百舌鳥から15分とありましたが、
こちらの方とは思っていませんでした。お住まいは南河内でしたっけ? それで南海高野線が頭にあったので、中百舌鳥の方向かと
漠然と思っていました。あの辺りは詳しいんだ。へえ、そうでしたか。でもあの辺りに女子大があったとはっきり記憶してはいませ
んでした。地図で調べてみてそうだろうと思ったのです。
私が高校を卒業したのは昭和42年です。あの頃もう移転してきていたのかなあ。実は高校を卒業して或る電器会社に就職しまし
たが、夜は工業短期大学(これは夜間のみ)に通いました(8月まで)。この大学は寝屋川から桃谷に移転し、そこにあった看護婦さん
を養成する高校が百舌鳥駅の近くに移っていったと、その頃聞いたような気がします。春恵さんが通学した頃にはまだ看護婦養成学校が
ありましたか。まあ、どうでもいいようなことなのですが、ひょっとしてその学校があった辺りに貴方の通われた大学が移転したのか
なあと思いましたので。
実は私は三つの大学に籍を置きました。三つ目の大学は当時上本町にありました。ここも一年目の十月か十一月頃、退学したい気持ち
になって烏有先生に相談したとき、「もう今度は辞めるな。それじゃ、君の青春は大学見学に終わってしまうじゃないか」と言われ、
その「大学見学」という言葉がひどく胸にこたえ、思い留まったのでした。もしあの時、三つ目もやめてしまっていたら、その後の
私はどうなっていたか・・・。精神的に破綻してしまったかもしれません。
烏有先生、二つ目を中退しぶらぶらしていた私を見か
ねたのでしょうね、大学に知り合いがおるからその人に復学の相談をしてみるとまで言ってくれたのです。が、私はそれを断ってしま
いました。大学紛争後は転部も容易になったようですし、一応卒業してから文系に変わっても良かったのですが、これは今になって
言えることで、当時の私にはどうしてもできないことでした。その思いは『心のさざ波・心の渦』を読んで頂いても、私の表現力の
問題もあり、理解して頂けないかもしれません。変な意地を張っていたのですね。
生まれてはや五十年生きてきたわけですが、自分の人生を振り返ってみて何か釈然としないものを感じてしまいます。それで、
あの考えが私には新鮮に感じられたように思われます。私がこの世にやってくるとき、私の指導役の魂から「お前は前世では裕福で
平穏な人生を送ったから、今度はそうならないように設定して行きなさい」と言われ、それに同意してこの世にやって来たのかもし
れないですね。そう考えると、納得、納得。一度、私も退行催眠を受けて、その指導役の魂に会って私の設定の内容を教えて貰いた
いですね。死ぬまで今迄通りの設定なのか?と。しかしこれは分かってしまえば、人生、決定論になってしまい、面白くない。
それが分からないからこそ、人間の自由意志(実存に於ける)の貴さがあるんだと思ったりして・・・。
もうこの辺りで止めておきましょう。しかし、人生の設定のことを考えることは何となく楽しいですね。来生の設定を
どのようにしようかなあ・・・。
さて、話は変わって、便箋作成の件について。
(1) stationery のフォルダの中の Ivy.htm をダブルクリックして下さい。IE5.0 が起動して表示されます。
(拡張子.htm が付いていなければ、IEは起動しませんよ。)
(2) <表示ーソース>でメモ帳が起動してそのHTML文書が表示されます。
(3) <ファイルー名前を付けて保存>で保存しちゃいましょう、同じ staionery のフォルダに。名前は、例えば、 harumail.htm と
しましょうか。ここまでして、harumail.htm のファイルが stationery のフォルダにあるかどうか確認して下さい。
(4) あれば、このファイルをダブルクリックして表示させましょう。内容は変更されていませんので、Ivy.htm と同じ筈です。
<表示ーソース>でメモ帳に表示されたHTML文書の <BODY background="Ivy.gif"> の箇所の "Ivy.gif" を春恵さんが作られた
画像の名前、例えば、"harumail.gif" に書き換えて、<ファイルー上書き保存>で再保存します。そして、IE5.0 の更新ボタンを
クリックして、作った画像が背景となっているかどうか確認して下さい。
まず(1)〜(3)までできるかどうか、やってみてください。一歩一歩進みましょう! 画像の作り方で解らないところがあれば訊
いて下さい。うまくゆきますように !!!
台風18号はなんてことなかったですね。昨日は仕事が休みでした。台風のため武庫川に出かけることができませんでしたが。
これで本格的な秋がやってくるでしょう。季節の変わり目、お身体には気をつけてください。
芭俄梵信
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件名「時間がかかったらごめんなさい」という彼女からのメールを受信するのに随分時間が
かかった。すぐに気づいたが、大きな添付ファイルが付いていた。春恵さんがペイントで描いた「百合の花」だ。
先便で書いた便箋の作り方に対して、彼女は「手順(1)から(3)まではうまく行きました」と書いてあったので、この絵をgif形式
に変換し、便箋用に小さく整えてやれば、彼女も自分用の便箋が作れるだろう。
退行催眠については彼女も同様に興味を持っているようだ。しかし、この世に誕生するに際して作った自分の計画は、敢えて知りた
いとは思わない、それは答案用紙を見ながら試験を受けるようなものだ、と。確かにその通りだ。彼女にとってソウルメイトだと思っ
ていた人がそうじゃないと分ると、それはショックだろう。
少なくとも言えることは、自分が設定した人生を自分が生きているのだと仮定すると、自分に降りかかってくるどのような運命に
対しても、それを受容する心が芽生えてくることを意味しはしないだろうか。そして運命を受容する精神は、人生を生き抜いて行こ
うとする、前向きの強い態度に通じるのではないだろうか。
彼女は今回のメールで、同じ著者の『生きがいの本質』を薦め、また感想を聞くのを楽しみにしている、とあった。
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- [9/27 20:42]What a lovely flower !
百合のように可憐なる春恵さんへ。
私は今日は明け休みで、朝の9時過ぎに帰宅しました。昼までは
"yuri1.bmp"(1.37MB) を "yuri1.gif"(22.3KB) に変換して、それを元にして新たな画像を作ったりして過ごしました。
受信するのに10分近くかかりました。すぐ気が付きましたよ。でもすごいでしょう。約60分の1に圧縮できますからね。
インターネット向きでないことは解るでしょう。GIF画像なら10秒位で受信できますからね。
便箋用にちょっと加工して、添付
ファイルとして送りますから、その画像を stationery のフォルダに置いてください。あの画像だと、テキストの色を変えないとい
けませんね。それから、書き出しの字の位置を調整しなければならないでしょう。さて、どうすればよいか? あのファイルの
ソースをよく睨んで、勘を働かせて、やってみてください。素敵な便箋が出来上がることを祈っています。頑張って!
>今は10時過ぎですが、秋の気配を感じます。今週は天気がよさそうなので、 武庫川散策もできそうですよ。
はい、今日の午後は武庫川へ出かけました。梵緑樹と自分で勝手に名付けている木の下で本を読んでいると、陽射しはまだきついです
が、吹いてくる風の中には、もう秋が漂っていましたね。
『生きがいの本質』は一昨日、紀伊国屋で見つけて買いました。今日は第一章「生まれるということ」を読みました。そして、その後
はいつもの武庫川散歩です。
実は私は昨年の暮れ頃から中島みゆきにはまってしまっています。彼女のCDは今11枚。散歩するときは
殆ど彼女の歌を聴いています。今日も好きな曲の一つ、「誕生」が流れています。六甲の山並みを背景に、青い秋空を白い雲の
切れ端が漂い流れていく様を眺めながら、歩いていました。
♪ 泣きながら生まれる子供のように
もいちど生きるため 泣いて来たのね ♪
あの書物の「生まれるということ」を読んだ直後であったためでしょうか、私の全身が小刻みに震え出すというか、そんな感覚
に一瞬、襲われました。そして、
♪ Remember 生まれた時
だれでも言われた筈
耳をすまして思い出して
最初に聞いた Welcome
Remember 生まれたこと
Remember 出逢ったこと
Remember 一緒に生きてたこと
そして覚えていること ♪
涙がでそうなくらい感動の波に包まれていました。人は、「思い通りにならない」「辛い、苦しいことの多い」この世に「もう一度
生きるため」に、それが人間の本性であるかのように、だから「泣いて来たのね」と、芸術家の才能は人間の無意識下の奥深いところ
に、忘れられて眠っている誕生の秘話を感じ取っているかのようです!
何故か私の内部で何かが繋がりだしてきたような気配…。 梵信
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