百人一首で有名な小倉山の南面に、映画俳優大河内伝次郎(1898〜1962)が、自ら一木一草にも丹精込めて創作した庭園である。 庭園には数多くの松、桜、楓が興を添え、朝な夕な、七色に変化する比叡の峰々が望め、徒然草にゆかりの双ヶ丘に連なる洛西の風光が楽しめ、 数多い京の庭園のなかでも屈指の名園といえる。 また、大河内伝次郎の時代劇俳優としての活躍ぶりを写真やパネル等で解説する資料館も有る。この資料館を通して大河内伝次郎の生涯だけでなく、 戦前から戦後間もなくにかけての日本映画の歴史も知ることができる。 |
山荘の全ては此処から始まりました。 1931年(昭和6年・34歳)すでに大スターだった傳次郎は、関東大震災 (1923年・大正12年・27歳遭遇)からの念願であった持仏堂を建て、撮影の合間にここで念仏し、瞑想し、静寂を得たことで、映画創りから 庭創りに芸術性を見出し、滴水庵の庭から、大乗閣の庭へと、逝去(1962年・64歳)するまで創作にあけくれます。 |