2022年6月22&23日(水&木)

** 久美の浜 夕日が浦温泉 **

大反省会悠悠な旅!(…湯う湯う研修旅…)


=== 6月22日 ===
堺(阪神高速)→池田→中国池田(中国道)→吉川JCT(舞鶴若狭自動車道)→
春日(北近畿道)→逢坂トンネル→山東(北近畿道)→和田山→出石→豊岡→久美浜

出石
出石城跡&町並み散策&昼食
豊岡
鞄店に立寄る。スマホや手帳等、小物を入れるバックを購入

15:35 「みなと悠々」にチェックイン

=== 6月23日 ===
9:30 チェックアウト
→舞鶴→赤レンガ倉庫
赤レンガ倉庫で昼食後
13:00-13:30 遊覧船[\1,300-]
14:15-14:25 海鮮市場
15:25-15:45 京丹波 味夢の里 ここで夕食用に「焼鯖すし」を買う

舞鶴東IC(舞鶴若狭道)→綾部JCT→京都縦貫道→丹波→大山崎→名神→吹田JCT→近畿道→松原JCT→堺



 出石では、スマホを持ち忘れたので、知人の写真を使わせて貰う

 知人に頼んで、このアングルから撮って貰ったものである

出石城跡
 出石城は慶長九年(1604)、小出吉英により築かれた城で、当時の城域は東西約400m、南北約350mあったとされています。 明治元年に建物は全て取り壊されましたが、現在では隅櫓や登城橋、登城門が建築されています。[注:出石観光ガイドマップより、以下同様]


 大手前通りを、出石町並み散策に向かう…

 
辰鼓楼(シンコロウ)
 辰鼓楼は、明治四年(1871)旧三の丸大手門脇の櫓台に、時刻を知らせる太鼓を叩く櫓として建設されました。 明治十四年に医師、池口忠恕氏が大時計を寄付してからは、日本最古の時計台として親しまれています。


 ここで昼食

 
出石皿そば
 出石皿そばのルーツは、宝永三年(1706)に出石藩主松平氏と信州上田藩主仙石氏がお国替えになった時に始まります。 その際、仙石氏と共に信州から来たそば職人の技法が在来のそば打ちの技術に加えられ出石そばが誕生しました。 その後、出石焼が始まり白地の小皿に盛る様式が確立されました。小皿に盛りつけた独特のスタイルで食べる出石皿そばは、 挽き立て、打ちたて、茹がきたてと、伝統の「三たて」で作られ、そばの美味しさを存分に楽しんで頂けます。


 久美の浜 「みなと悠々」にチェックイン
階段を上ると、受付がある。ここが3階になる。
上の5階はラウンジになっており、ここから湖や海が望める。

 ホテルの5階から湖側を望む

 同上

 5階のラウンジから日本海に沈む夕日を望む

 6月23日08:16

 翌朝の日本海を望む

 赤れんがパーク
護衛艦が三隻停泊しているのが見てとれる…

 車を降り、昼食に向かう…







 食後は遊覧船乗り場へ…

 海軍カレーを食べる

 正面に見えるのは護衛艦

 14:00-14:30 港巡り

 先程見えていたのは、この護衛艦だろう…

 舞鶴クレインブリッジを望む









 護衛艦が三隻停泊しているのが見てとれる!
一番左に見えるのが、先ほど見た護衛艦だろう

 手前が護衛艦三隻のうちの一隻

 425 と見てとれる パンフレットを見ると、
AOE425 補給艦「ましゅう」 基準排水量 15,500t 全長 221m 速力 24kt

 AOE425

 AOE425

 AOE425

 遊覧船巡りも、もう終わりです…

 漁鮮市場

 京丹波 味夢の里

 同上

 同上

 同上
各人の家路に応じて、車を乗り換え帰途へ…