2019年11月5日(火)

** 松坂城跡 **



9:31 大阪上本町 (\1,590-)〔近鉄南大阪線〕
11:36 松阪

11:50 出発
12:10-20 豪商のまち松阪観光交流センター
12:30-13:40 松坂城跡
13:42-46 本居宣長記念館は本日休館
13:48-14:00 本居宣長ノ宮&松阪神社
14:00-10 御城番屋敷
14:30-15:00 昼食
15:24-36 八雲神社

==15:39発の急行に乗れず、時刻を確認しておくべきであった!==
16:35 松阪
18:38 大阪上本町



観光交流センターを出て松坂城跡へ向かう…


松坂城跡
 松坂城は、蒲生氏郷(ガモウウジサト)が天正十六年(1588)この四五百森に築城した平山城である。
 蒲生氏郷が 陸奥黒川(現在の福島県会津若松市)へ移封後、天正十九年(1591)に服部一忠、文禄四年(1599)に古田重勝と城主が変わり、 元和五年(1619)に徳川頼宜が和歌山藩主となると同時に和歌山藩領となり、以降、明治になるまで勢州領(松坂・田丸・白子等) 十八万石を統括する城代が置かれてきた。
 城は北を大手、南を搦め手とし、本丸・二ノ丸・三ノ丸・隠居丸・きたい丸 からなり、本丸・二ノ丸等には高い石垣を築き、外郭に土塁や堀をめぐらせていた。
 三層の天守と金の間・月見・太鼓 等の櫓がそびえ立っていたが、正保元年(1644)の台風で天守は倒壊したと伝えられている。また、二ノ丸には寛政六年(1794) に着工された御殿(別名徳川陣屋)があった。
 明治十四年(1881)松阪公園となり、現在に至っている。


松阪市立歴史民俗資料館(本日休館)

月見櫓跡

本丸跡へ…

本丸跡
正面の石垣の上に天守閣があった

天守閣跡

天守閣跡方向を望む

松坂城跡から松阪市立歴史民俗資料館を望む


本居宣長旧宅(鈴屋)
 この家は本居宣長が十二歳のときから、亡くなる七十二歳まで住んだところで、 彼の祖父が隠居所として元禄四年(1691)に建てたものである。
 宣長は、 この家で医者としての仕事をし、古典の講義をしたり、歌会を開いたりした。二階の書斎は、 宣長が五十三歳のとき、物置を改造して設けたもので、床の間の柱に掛鈴を下げていたことから 「鈴屋(スズノヤ)」と呼ばれている。
 もと魚町にあったのを、保存と公開のため、明治四十二年 (1909)に現在地に移築した。その宅跡には、息子春庭の住居や土蔵が残されている。


松坂城跡から御城番屋敷を望む





御城番屋敷

御城番屋敷土蔵

御城番屋敷土蔵 傍から松坂城跡を望む