2014年4月25日(金)

** 吉備の旅(1) 倉敷美観地区 **


8:20 とさ別館をチェックアウト

9:13 高知 (\3,600- + 特急券:\2,160-)
〔土讃線&瀬戸大橋線&宇野線〕
11:40 岡山 11:50 〔山陽本線〕
12:06 倉敷

== 観光案内所に立寄る ==
13:15 コートホテル(Court Hotel)倉敷チェックイン
== 素泊り一泊:\5,000- ==
13:30 ホテルを出る
13:35 美観地区に入る
== 歩き疲れて「茶房くらしき」で休憩(14:45-15:25) ==
15:32-55 阿智神社〔鶴形山公園内にある〕
16:10-18 観龍寺
== 再び美観地区に入り、大原美術館を
見過ごしていたことに気付く ==
16:35 美観地区を出る
== 倉敷駅近くのレストランで夕食 ==
17:40 コートホテル着



土讃線・車窓からの眺め(1)
大歩危(オオボケ)辺り

土讃線・車窓からの眺め(2)
琴平山、正式には像頭(ゾウズ)山(524m)

瀬戸大橋線・車窓からの眺め(3)
… 瀬戸大橋に差し掛かる …

倉敷駅構内を出た地点から南東方向を望む
正面建物群の向こうに美観地区がある
建物群の左に見える樹木は鶴形山公園
その公園内に阿智神社があり、美観地区に接する

ホテルを出て5分もかからずに…
美観地区散策開始!
向こうの緑は鶴形山公園


 
倉敷物語館

 「倉敷物語館」は、旧東大橋家住宅を倉敷市が改修したもので、平成21年4月に 開館いたしました。建築年代は江戸期とされ、格式ある造りの長屋門や土蔵は、当時の 風情を現代に伝えています。
 この「倉敷物語館」は倉敷美観地区の玄関口に位置し、 観光客と市民の皆様の交流・活動の場として、又倉敷美観地区の成り立ちや倉敷市の文化・ 観光資源などを紹介する施設として活用されています。
 ここ「倉敷物語館」で倉敷 の魅力に触れていただくとともに、旅の良き思い出をつくっていただければ…と願ってい ます。
敬白   
倉敷物語館  館長


倉敷物語館を出て今橋へ…

今橋
この右手に大原美術館があるのだが…
この時点では、気付いていなかった!

今橋の次に見えるのは中橋
中橋の右手の建物は倉敷館(観光案内所)

中橋を右手に曲がり
倉敷川沿いに向こうの高砂橋まで歩いて行く…
川舟乗船場の向かい側(右手)に倉敷民芸館がある

高砂橋を渡り一つ目の角を、来た方向に戻って行く…
正面の樹木が茂っている辺りは、阿智神社がある鶴形山公園
少し行くと右手に倉紡記念館がある

阿智神社へ…


阿 智 神 社 の 杜
一、磐境(イワサカ)、磐座(イワクラ)、鶴亀の石組(古代庭園)陰陽石
   「この神社には磐境、 磐座のほか蓬莱思想にもとづく鶴亀の石組、陰陽思想的な磐座が遺され、日本庭園に於ける石組 の起源を探る貴重な存在として注目されている。
   四世紀以後の大和朝廷は朝鮮半島と 密接な関係をもつようになり、古記録によると応神天皇の時代に東漢(ヤマトノアヤ)氏の祖先とされる 阿知使主(アチノオミ)とその子都加私主(ツカノオミ)が十七県(アガタ)の漢人(アヤビト)を率いて帰化したと書 かれており、その一部がこの地方に定住したものらしい。この神社が阿知使主族の奉斎するもの であることは和名抄阿智の明神と記されていることからも推定できる。
   このあたりは 備中府志等によると阿知潟(アチガタ)、社記には吉備の穴海と称される浅海で、その中の小島に漁民 が社殿を奉祀したとある。彼らは帰化するのあたってその帰属意識を明らかにする為、日本に古来 から伝わる磐座や磐境を設け、更に彼ら民族の先取的文化を盛り込むべく中国から伝承した鶴亀の 神仙蓬莱思想や陰陽思想を導入したものといわれている。
   これら石組は現在本殿の向っ て右側の磐座と磐境、左側の鶴石組と亀石組及び北側に続く枯れ滝式石組、斎館北側の陰陽的な 磐座に見ることが出来る。」
  文、配置図―東京農業大学 農学部造園学科 助教授 河原 武敏先生
二、生命力、生成発展、豊穣への信仰
   本殿西脇に戌亥(イヌイ)(北北西)の 方向へ一線に連なる磐境(鶴亀の石組―古代の庭園)、荒(コウ)神社(荒魂の社)、阿知の藤(天然 記念物)は古来生命力、生成発展、豊穣と深く関わる信仰の場となっている。
   東坂の 石段が里より米寿段、還暦段、厄除段を経て随神門の七段、拝殿の五段に達し、荒神社の三段で 生命力の根源に達するとするのも亦同じ古伝承に基づくものと思われる。


観龍寺門前から美観地区を望む
(観龍寺は阿智神社の隣に位置している)

大原美術館
(手前は倉敷川に架かる今橋)