倉敷物語館 |
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「倉敷物語館」は、旧東大橋家住宅を倉敷市が改修したもので、平成21年4月に 開館いたしました。建築年代は江戸期とされ、格式ある造りの長屋門や土蔵は、当時の 風情を現代に伝えています。 この「倉敷物語館」は倉敷美観地区の玄関口に位置し、 観光客と市民の皆様の交流・活動の場として、又倉敷美観地区の成り立ちや倉敷市の文化・ 観光資源などを紹介する施設として活用されています。 ここ「倉敷物語館」で倉敷 の魅力に触れていただくとともに、旅の良き思い出をつくっていただければ…と願ってい ます。 |
敬白 あ
倉敷物語館 館長 |
阿 智 神 社 の 杜 |
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一、磐境(イワサカ)、磐座(イワクラ)、鶴亀の石組(古代庭園)陰陽石 「この神社には磐境、 磐座のほか蓬莱思想にもとづく鶴亀の石組、陰陽思想的な磐座が遺され、日本庭園に於ける石組 の起源を探る貴重な存在として注目されている。 四世紀以後の大和朝廷は朝鮮半島と 密接な関係をもつようになり、古記録によると応神天皇の時代に東漢(ヤマトノアヤ)氏の祖先とされる 阿知使主(アチノオミ)とその子都加私主(ツカノオミ)が十七県(アガタ)の漢人(アヤビト)を率いて帰化したと書 かれており、その一部がこの地方に定住したものらしい。この神社が阿知使主族の奉斎するもの であることは和名抄阿智の明神と記されていることからも推定できる。 このあたりは 備中府志等によると阿知潟(アチガタ)、社記には吉備の穴海と称される浅海で、その中の小島に漁民 が社殿を奉祀したとある。彼らは帰化するのあたってその帰属意識を明らかにする為、日本に古来 から伝わる磐座や磐境を設け、更に彼ら民族の先取的文化を盛り込むべく中国から伝承した鶴亀の 神仙蓬莱思想や陰陽思想を導入したものといわれている。 これら石組は現在本殿の向っ て右側の磐座と磐境、左側の鶴石組と亀石組及び北側に続く枯れ滝式石組、斎館北側の陰陽的な 磐座に見ることが出来る。」 文、配置図―東京農業大学 農学部造園学科 助教授 河原 武敏先生 二、生命力、生成発展、豊穣への信仰 本殿西脇に戌亥(イヌイ)(北北西)の 方向へ一線に連なる磐境(鶴亀の石組―古代の庭園)、荒(コウ)神社(荒魂の社)、阿知の藤(天然 記念物)は古来生命力、生成発展、豊穣と深く関わる信仰の場となっている。 東坂の 石段が里より米寿段、還暦段、厄除段を経て随神門の七段、拝殿の五段に達し、荒神社の三段で 生命力の根源に達するとするのも亦同じ古伝承に基づくものと思われる。 |