2013年4月17日(水)

女木島(鬼ヶ島)&栗林公園


9:10 梅田 (\3.900-) 〔阪急高速バス〕
12:35 高松駅

12:40-13:05 駅前観光案内所:ビジネスホテル・ダブルを予約
== ホテルは栗林公園までの中間辺り(徒歩約15位) ==
13:30-40 玉藻公園(に入らず)周辺散策

14:00 高松港 (\360-) 〔フェリー〕
14:20 女木島(メギジマ)
== 大洞窟[バス往復(\600-) 入場料(\500-)] ==
15:20 女木島 (\360-)
15:40 高松港

16:00 高松築港 (\180-) 〔琴平電鉄〕
16:08 栗林(リツリン)公園

16:20-17:05 栗林公園 (入園料:\400-)
17:15 高松市商店街に入る
== 夕食:(1日分の緑色野菜)サラダうどん(\609-) ==
18:30 高松シティホテル (\5,250-)



女木(メギ)島&男木(オギ)島行きのフェリー
現在、瀬戸内国際芸術祭2013がこの近辺の島々で行われている

出港間近の船内から女木島を望む
灯台の左手に幽かに見えるのが男木島
その左の三つの頂きがあるのが女木島

中央の二番目に高い建物が高松シンボルタワー

右手:大洞窟がある鷲ヶ峰
モアイ像の後姿が見える
鷲ヶ峰山頂近くに桃太郎伝説で有名な
鬼が棲んでいたという大洞窟がある

洞窟内

洞窟内

山頂展望台から高松港&女木港を望む


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… 高松港に戻り、玉藻公園傍の琴電高松港駅へ …
高松港駅から[→片原町駅→瓦町駅→]栗林公園駅まで8分
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栗林公園 東門
向うの山は紫雲山

→のように歩いて行く…

栗林公園の沿革
 栗林公園の起こりは、16世紀後半、元亀・天正の頃、当地の豪族佐藤氏によって、 西南地区(小普陀付近)に築庭されたのに始まるといわれ、寛永年間(1625年頃)に、当時の 讃岐国領主・生駒高俊(タカトシ)公によって南湖一帯が造園され、現在の公園の原型が形作ら れました。
 その後、寛永19年(1642年)生駒氏の転封に伴い入封した初代高松藩主・ 松平頼重(ヨリシゲ)公(水戸光圀公の兄君)に引き継がれ、さらに100年以上経た延享2年(1745年)、 5代頼恭(ヨリタカ)公の時に、園内六十景命名をもって完成しました。以来歴代藩主が修築を 重ね、明治維新に至るまでの228年間、松平家11代の下屋敷として使用されました。
  明治4年(1871年)高松藩が廃せられ、新政府の所有となり、明治6年1月公布された「公園に 関する太政官布告」に基づいて明治8年(1875年)3月16日に県立公園として一般に公開される ようになり、さらに昭和28年(1953年)3月には、文化財保護法による「特別名勝」に指定され、 今日に至っています。
== 観光パンフレットより ==


北湖

南湖に架かる偃月橋(エンゲツキョウ)を望む

偃月橋より
紫雲山を背景にした南湖を望む

小普陀(ショウフダ)
室町時代の石組みの手法で作られた丘で、
園内の石組みのなかで最も古く、
栗林公園が始まった場所と言われている。

旧日暮亭・桶樋滝(オケドイノタキ)・石壁(赤壁)を振り返る