開運 妙見(ミョウケン)神社 |
---|
当神社は、「造化の神 天御中主神(アマノオナカヌシノカミ)」を祀る。この神は古く大地の未だ成立しない頃
大空の真中に生れ給い天地万物の大元をおすへになり、有形、無形のみたまとして永久に世に幸を与え
られた。 そのおゝみいつによって次々に神々がお現れになりその尊い御神徳は計りしれない。 故に、開運、延命、長寿、安産、海陸交通安全の守護神として広く信仰されている。 平安末期、 中国より伝わった北辰(北極星)信仰と結びついて妙見社として祀られるようになった。 天保元年 (1830)旧城主、四宮加賀守の子孫と撫養町林崎郷の近藤利兵衛氏がこの城址に妙見神社として再建した。 |
史蹟 撫養(ムヤ)城址 |
---|
天正十三年(1585)蜂須賀家政が阿波に入国し国内九ヵ所に城塞を設けた。阿波の九城という。 撫養城は淡路渡海の押えとして異母弟の益田内膳正忠を城番にし手勢三〇〇名をもって守らせた。 寛永十五年(1638)一国一城の令により阿波九城は破却された。 社殿後方の城跡は当時の面影を残 している。 |
人丸神社 阿波の民話(徳島新聞) |
---|
とんと昔、あったと。 里浦(さとうら)の十二神社(じゅうにじんじゃ)の西隣に人丸神社がある。柿本 人麻呂は歌聖と呼ばれ、信仰する人が多かった。もっとも、人麻呂が鳴門へ来たわけではない。柿本神社、人丸神社は 全国で二百五十二社もあるそうな。里浦の人丸神社は人麻呂の画像をお祭りしてある。 人丸神社は文芸の神さん であるが、ほかにも目の病の神さんでもある。 この神社は、とくに「眼疾者(めやまいもの)の目を治す」のに 効めがあるって言われとる。 里浦一帯は砂地で激しい風にあふられ砂が飛び散る。こんなわけで目を病む人が多 かった。 おーしまい。 参考 近大民俗学研究所「民俗文化」第六号 |