往馬坐(イコマニイマス)伊古麻都比古(イコマツヒコ)神社(往馬大社) |
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祭神は伊古麻都比古命(イコマツヒコノミコト)、伊古麻都比売命(イコマツヒメノミコト)など7神。生駒谷17郷の氏神とされ、
火の神として信仰を集めてきた。毎年10月11日の例大祭は火まつりとして有名。所蔵品:生駒曼荼羅(マンダラ)
2件(重文・鎌倉、県指定文化財・室町)など。 |
往馬大社 御由緒書 |
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本殿御祭神 伊古麻都比古神(イコマツヒコノカミ) (産土(ウブスナ)の大神) 伊古麻都比売神 (イコマツヒメノカミ) (産土(ウブスナ)の大神) 気長足比売尊(オキナガタラシヒメノミコト) (神 功 皇 后) 足仲津比古尊(タラシナカツヒコノミコト) (仲 哀 天 皇) 誉田別尊(ホムタワケノミコト) (応神天皇) 葛城高額姫命(カツラギタカヌカヒメノミコト) (神功皇后の母君) 気長宿祢王命(オキナガスクネオウノミコト) (神功皇后の父君) 本殿七柱の外に境内外摂末社二十社が合わせ祀られております。 往馬大社は本来生駒山を御神体として祀られた古社であり、神社の境内を覆う鎮守の杜は奈良県の 天然記念物に指定され、太古から変わらぬ自然の森を今に守り伝えています。 神社で最も古い 記述は『総国風土記』の雄略三年(458年)でこの年を御鎮座と致しますと、平成二十一年に千五百五十 年を迎えます。また、正倉院文書にも記載が見られ、奈良時代からすでに朝廷との関わりがありました。 平安時代の『延喜式』(927年)では官弊大社に列せられ、その内一座は祈雨の幣も賜っていました。 当初神社の御祭神は二柱でございましたが中世に八幡神五柱を合祀して、本殿御祭神は現在の七柱とな りました。神社の宝物『生駒曼荼羅』(県指定文化財、室町時代)には七柱の神々と立派な社殿が描か れており、当時の隆盛を物語っております。 往馬大社は古くから「火の神」としても崇敬厚く、 歴代天皇の大嘗祭(ダイショウサイ)に関わる火きり木を当社より納めた歴史があり、昭和や平成の大嘗祭の 「斎田点定の儀」にも御神木の上溝桜が使用されました。 このような歴史のもとで、毎年十月の 体育の日の前日に執り行われる火祭りは、古式豊かな伝統行事として生駒市第一号の無形民俗文化財に 指定されています。 平成十九年一月吉日 |
生駒山 竹 林 寺 |
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奈良時代に行基菩薩(ギョウキボサツ)が生馬仙房(イコマセンボウ)をかまえた故地とみられる。
行基は文殊菩薩の化身と仰がれ、鎌倉時代に舎利(シャリ)瓶が出土し、その後円照(エンショウ)、
良遍(リョウベン)、忍性(ニンショウ)、凝然(ギョウネン)ら高僧が集い堂塔が整った。寺名は、文殊の
霊場中国の五台山大聖竹林寺にちなむ。 |