2011年4月29日(金)

** 古代出雲の旅(9) **

== 境港(水木しげるロード)、粟嶋神社、米子水鳥公園 ==



7:00 ホテルを出る

7:30 米子 (320-) 〔境線〕
8:13 境港

== まず港に出る、その後水木しげるロードを歩く… ==
8:28-42 港
8:48 水木しげる記念館前
8:53 大港神社
9:12 境港駅着

9:20 境港 (\230-) 〔境線〕
9:53 河崎口

10:25 粟嶋(アワシマ)神社
== お社は山頂に鎮座 石段は長くかなりきつい…==
== 山頂からの眺めは素晴らしい! 反対側に下りていく… ==
10:45 静(シズ)の岩屋 八百姫宮(ヤオヒメグウ)
10:45-11:03 米子水鳥公園
11:18 バス停着

11:22 粟島神社前 (\310-) 〔日ノ丸バス〕
11:41 米子駅

== レストランで昼食後、駅構内で時間をつぶす… ==
15:00 米子駅前 (\4,700-) 〔日交高速バス〕
18:30 大阪梅田 == 予定時刻より15分早く着く ==



境港駅前
平日ならバスを乗り継げば、美保神社へ行くことが出来る、とか
しかし今日は祝日でバスは運休、美保神社行きは断念せざるを得ない…

…まず港に出る…

あの橋を渡れば島根半島、その先端に美保神社が鎮座する…

水木しげる記念館

ゲゲゲの妖怪楽園はまだ準備中…

粟嶋神社の本殿はあの山の頂上に祀られている




粟 嶋 神 社(アワシマジンジャ)

御祭神 少彦名命(スクナヒコナノミコト) 大己貴命(オオナムチノミコト)・神功皇后(ジングウコウゴウ)
御由緒 当神社の創建年代は不明だが、古代より神の宿る山(神奈備(カンナビ))としての 信仰があり、神功皇后、後醍醐天皇?祈願の伝承、尼子氏の寄進、米子城主代々の崇敬等も 記録に残る。長い伝承と歴史を持った社である。山頂の御社殿は昭和11年12月再建のもので あり、総台?桧造りで屋根は銅?葺き、弓浜地方随一を誇る。
 御祭神の少彦名命は、神代の昔、 大己貴命(大国主命(オオクニヌシノミコト))と共にこの国をひらき、人々に医療の法を教え、禁?の術を授け、 万病よりお救いになった神であり、その尊い御神徳は古事記、日本書紀に記されている通りである。 後に常世の国に御還りになったその最後の地がこの粟嶋である。
御神徳 少彦名命は、難病 苦難をお救いになる祖神様であり、殊に婦人の病気平癒、延命長寿、安産、子授け、交通安全等の祈願 多く、氏子はもとより古来広範囲にわたる庶民の篤き崇敬を集めている。
風土記の里 粟 嶋
沿 革 粟嶋は、伯耆(ホウキ)風土記逸文によると、少彦名命が粟の種にはじかれて常世国に 還られたので粟嶋と名づけたとある。
 江戸時代中頃までは中海に浮ぶ小島であったが、江戸時代 末期に埋立てられて陸続きとなった。一の鳥居のあるあたりが、昔の海岸線であり、「三文渡し」の船 着き場があった。
 海抜38米、187段の石段を登れば四方の眺望はまさに絶景、特に南側、本殿裏の 小路を下って展望台に立てば、東の伯耆富士大山、米子平野から西の安来十神山に至るなだらかな稜線 に囲まれた水路はまるで瀬戸内の景観を思はせ、錦海八景の内、「粟嶋の?月」として知られている。 シイやコガの古木がうっそうと茂るこの社叢の植物分布は、この地方でも珍しく多種にわたっており、 昭和53年米子市の名囲(?)に、又昭和56年、県の天然記念物にそれぞれ指定されている。
 境内 を右へ廻った所に、「お岩さん」とよばれる古代神まつりの場があり西側の山麓には、その昔、人魚の 肉を食べて八百歳まで長生きしたという「八百比丘尼」の伝説の洞窟「静の岩屋」がある。


山頂から米子水鳥公園を望む

米子水鳥公園に架かる橋から粟嶋神社の山を望む
…白山は正面向うに微かに見える(?)…