2011年4月25日(月)

** 古代出雲の旅(2) **

== 日御碕灯台〜出雲大社 ==



== 朝食後民宿の女将さんから、旧暦十月、稲佐の浜で八百万の神様をお迎えする祭りの話をお聞きする ==
== 海は荒れることが多く、海蛇が浜にうちあげられることがよくあるとか…神迎神事(龍蛇祭ともいうらしい) ==

7:30 民宿を出て、稲佐の浜へ…

7:48 稲佐浜 (\450-) 〔一畑バス〕
8:05 日御碕(ヒノミサキ)

8:07-17 日御碕神社(美佐伎社(ミサキノヤシロ))
8:25-9:00 日御碕灯台周辺を散策

9:39 日御碕 (\450-)
9:56 稲佐浜

10:01-06 上の宮
10:09 大歳社(オオトシノヤシロ)
10:25 千家国造館(出雲大社宮司:千家尊祐氏の住まい)
10:26 出雲大社 神楽殿
10:30 出雲大社 御仮殿
== 発掘調査により「心御柱」発見の説明看板を読む ==
10:37-48 北島国造館
== 電話で今宵の宿の予約をする ==
10:59 末社十九社(東側)[末社十九社は西側にもある]

11:30 出雲大社 (\510-) 〔一畑バス〕
11:55 出雲市駅



日御碕神社
(上の本社から下の本社を望む)
(海方向)

日御碕神社御由緒
下の本社(日沈(ヒシズミ)の宮) 主祭神 天照大御神
上の本社(神の宮) 主祭神  素盞鳴尊(スサノウノミコト)

 日沈みの宮の遠源は、神代の昔素盞鳴尊の御子神天葺根命又( 天冬衣命と申す宮司家の遠祖)現社地に程近い経島(フミシマ)に天照大御神の御神託を受け祀り給う と伝えられる。又「日出る所伊勢国五十鈴川の川上に伊勢大神宮を鎮め祀り、日の本の昼を守り、 出雲国日御碕の清江の浜に日沈宮を建て、日御碕大神宮と称して日の本の夜を護らむ」天平七年 乙亥の勅に輝く日の大神の御霊顕が仰がれる如く、古来日御碕は夕日を餞け鎮める霊域とされ、 また素盞鳴尊は出雲の国土開発の始めをされた大神と称えられ、日御碕の「隠ヶ丘」は素尊の 神魂の鎮った霊地と崇められた「神の宮」は素尊の神魂鎮まる日本総本宮として「日沈宮」と 共に出雲の国の大霊験所として皇室を始め普く天下の崇敬を受け現在に至っている。然してその 御神徳は天照大御神の「和魂」素盞鳴尊の「奇魂(クシミタマ)」の霊威を戴き「国家鎮魂」「厄除開 運」「交通航海の安全」「良縁・夫婦円満・安産」「家業繁盛」の守護神として御霊験あらたか である。
 現在の社殿は、徳川三代将軍家光公の幕命による建立にして西日本では例のない 総「権現造」である両社殿とも内陣の壁画装飾は極彩色で華麗にして荘厳の至りである。
  社殿の殆ど、及石造建造物は国家重要文化財である。

    例大祭         八月七日
    神幸祭(夕日の祭)  八月七日夕刻


日御碕神社を出ると、すぐに浜辺に出る…
向うに見える島は、ウミネコの繁殖地「経島(フミシマ)」
出雲日御碕灯台に向け、「うみねこの坂道」を上って行く…

出雲日御碕灯台


日 御 碕 の 地 形
 日御碕一帯には標高20〜36メートル程度のやや平坦な面が広がっています。 これは、海岸段丘とよばれるもので海面がこの高さまで上昇していた時期があったこと を意味し、波による激しい浸食作用で当時の海岸付近につくられた平坦面の名残です。 これは約数万年前の出来事です。
 現在は、これらが風化した10〜15メートル 程度の表土におおわれていますが、このあたりのように季節風による波しぶきを受けや すい西側では表土がけずりとられ、その下にある硬い岩盤がやや平坦な面をなして地表 に顔を出しています。



経島(フミシマ)とウミネコ
 前方の島は、ウミネコの繁殖地として有名な経島です。大小二つの島からなり、 仏教の経文をつみ重ねたような岩の形から経島の名がつけられたといわれています。 このあたりには、毎年12月頃約5,000羽のウミネコが渡来し、4〜5月にこの島 で産卵しヒナをかえしています。そして7月頃には北方の海へ向けて飛び去っていきま す。この島は、日本海岸西部における代表的なウミネコの繁殖地として、昭和11年に 国の天然記念物に指定されています。


うみねこの坂道の下り途中、再度経島を望む

稲佐の浜 弁天島
== 民宿の女将さんが見せてくれた神迎神事の写真では、確か夜であった… ==
== 翌日の朝、出雲市駅で見た祭りの写真の中に、民宿で見たのと同じようなのがあった。 ==
神迎神事(竜蛇祭(りゅうじゃさい))旧10月10日
 この神在祭の間は風波ははげしいのであるが、このとき海蛇が波に乗って稲佐浜に浮かび 寄ってくる。
 これを「竜蛇さま」といって、八百万(やおろず)の神が大社に参集されるに ついて、祭神の使として来るのだと信じられ、
 祠官はあらかじめ潔斎して海辺に出で、竜蛇 さまを玉藻の上にうけ、曲げ物に載せて大社の神殿に納めるのを例としている。
 竜蛇さまは 豊作や豊漁、家門繁栄のしるしとして、大社の教信徒は貰いうけて帰る。
…出雲大社宮司:千家尊祀著「出雲大社」より…

神在祭(かみありさい)旧10月11日〜17日
 神々を迎える「稲佐の浜」の浜辺には、御神火が焚かれ、龍蛇(海蛇)を神々の使者としてお 迎えする神迎えが行われる。
 神事が終わると、その中央の神籬(大榊に細長い弊をつけたもの) に宿られた八百万(やおろず)の神々をご案内して、3km余りの道程を神官を先頭に全国から集ま った何千人の信者たちが行列して出雲大社に向かう。
 全国の神々は陰暦10月11日から17日までの 7日間大社に集まり、幽事(かみごと)すなわち人には予めそれとは知ることのできぬ、人生諸般の事 どもを神議(かむはか)りにかけてきめられるのだと信じられている。
 男女の縁結びもこのとき の神議りによるものであるという。
 大社ではこのとき神在祭を執り行う。
 大社の本社から 西方800mにある上宮(かみのみや)が神々の会議所で、大社境内東西の十九社がその宿舎 とされ、ここでも祭りが行われる。
 この祭事の期間は神々の会議や宿泊に粗相があってはならぬと いうので、土地の人はこの間にあっては歌舞を設けず楽器を張らず、
 第宅(ていたく)を営まず、 ひたすら静粛を保つことを旨とするので、「御忌祭(おいみまつり)」ともいわれている。
…出雲大社宮司:千家尊祀著「出雲大社」より…


上の宮
この方向に行くと出雲大社に通じる

上の宮
(海方向)

出雲大社摂社 上の宮(仮宮)
 御祭神  素戔嗚尊(スサノオノミコト)
       八百萬神(ヤオヨロズノカミ)
由 緒
 古くから旧暦十月は神無月(カンナヅキ)と云われていますが これは全国の八百萬神が出雲大 社にお集りになるからで 出雲では神在月(カミアリヅキ)と申しています
 この上宮 において神事の主宰の大国主大神のもとで 生きとし生けるものの幸福社会の繁栄の「縁」 を結ばれる神議が行なわれ この祭を「神在祭」と申します
 祭日一月三日 五月十四 日
    旧暦十月十一日 〜 十七日


末社十九社(東側)
[末社十九社は西側にもある]
神在祭の期間中、八百万の神様のお宿となる

末社 十九社
   由 緒
 大国主大神が「むすびの神」(人々の幸福を 生み成しおきずけになる神の意)である事から
 旧暦十月には全国の神 々が出雲大社にお集りになって人々の幸福発展のために神議なさる神事が行 われます
 この御社はその時の神々のお宿で 平素は神々を遥拝するとこ ろです
 現在でも出雲では旧暦十月を神在月と申しますが 地方では神無 月と申し
 前後には 出雲へ神々をお送りします「神送り」 出雲からの お帰りを迎える「神迎え」の行事が行われています
  祭日 三月二十 八日
      旧暦十月十一日〜十七日


直径3メートルを超える心御柱の説明看板
== 出雲大社境内で、2000年に発掘された ==

壮大な雲太の御柱

古代の御本殿の岩根御柱(心御柱)
 境内の発掘調査により、「天下無双の大?・国中第一の霊神」と称えられました 古代の御本殿の御柱が顕れました。
 古代の御本殿の各御柱は、三本の巨木柱を 一つに束ねて、さらに巨大な一本の御柱として柱立てされました。このことは、宮司 家の出雲國造千家家に伝蔵の古代御神殿図の「金輪御造営差図」によって知られてい ましたが、このたび顕れた御柱により、伝えられる「金輪御造営差図」の確かさが証 明されました。
 ここに模造復元していますのは、御本殿内の中央に位置します” 祈りの神御柱”の、岩根御柱(心御柱)です。直径140センチにも及ぶ杉の巨木三本 を束ねて、さらに巨大な一本の御柱とされていました。また、ベンガラの塗着が認めら れ、御柱は赤彩されていたと思われます。
 こうして、巨大な岩根御柱(心御柱) を真中にして特異な工法で御造営された御本殿は、「天下無双」の高層の壮大な御神殿 でした。
 平安時代の子供用の教科書であります『口遊』[源為憲著・970]には、 当時の巨大建築のベスト3を、「雲太(出雲太郎−出雲大社)・和二(大和二郎−東大 寺大仏殿)・京三(京都三郎−平安京大極殿)」と記され、出雲大社の御本殿が奈良県 の東大寺大仏殿(高さ45メートル)よりも大きかったことを世の常識として述べてい ます。
 巨大な御柱で築き建てられた御本殿は高さ48メートルとと伝えられ、「 金輪御造営差図」は御本殿内に至る階段の長さを一町(約109メートル)と記してい ます。拝殿の右手向うに見える国旗掲揚塔が高さ47メートルです。
 往時、京よ り参詣に訪れた寂連法師は、「あまくもたなびく山のなかばまで、かたそぎの見えける なん、この世の事ともおぼえざりける」として、「やはらぐる 光や空に満ちぬらん  雲に分け入る ちぎの片そぎ」と、その類例のない高層・壮大な御本殿を仰ぎ見て感嘆 して詠じました。

神御柱顕現地
 敷石上に各神御柱の顕現地を明示 しています。