2010年11月28日(日)

** 天河大弁財天社 **



10:00 高見ノ里 (\760-) 〔近鉄南大阪線〕
11:34 下市口
== 時間待ちを利用して、11:50-55千石橋(吉野川)まで… ==
12:17 下市口 (\1,110-) 〔奈良交通バス〕
13:12 天川川合
13:12-30 天川村総合案内所&休憩

== 天(テン)の川沿いに(下流方向)歩いて行く… ==
13:48 中谷橋(天の川)
13:58 北小原橋
== 途中で出会った人に訊くと、この川は新宮まで続いている、と教えられる ==
== 地図で確認すると、十津川、熊野川と名が変わり、新宮へと続いている… ==
14:07 五色橋
14:18 弁天橋
== 下市口13:17発のバスに追い抜かれ、戻って来るのに出会う… ==
14:23 天河大弁財天社バス停
14:25-55 大峰本宮 天河大弁財天社
14:55-15:15 「民宿びわ」にチェックイン
15:20-45 来迎院 大銀杏
== この間、ケイタイ紛失に気付き大慌て!… ==
== 民宿のソファに落ちていたのを発見!…ほっとする… ==
16:05-17:15 天の川温泉(入浴料:\600- タオル:\200- 等…)
17:15 民宿着
18:00-24:00 夕食後も同宿の人達と話が間断なく続く!とは…



天川川合バス停&天川村総合案内所前から
御手洗渓谷方向を望む
天河大弁財天社はそこの信号を右へ
天(テン)の川沿いに歩いて行く…

少し歩いた地点から天の川上流方向を望む

北小原橋から下流方向を望む

弁天橋
追い抜かれた下市口13:17発のバスが見える

大峰本宮 天河大辨財天社

御祭神

 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を主祭神とする。 芸能の神として知られ、現在も芸能関係の参拝が多い。元の祭神名は弁財天(サラスヴァティー)で、 神仏分離により「市杵島姫命」と称するようになったものである。今日でも社名に「弁財天」とつい ている通り、「弁財天」としても信仰されている。「厳島、竹生島と並ぶ日本三大弁財天のひとつ」 と称している(他に江の島の江島神社も日本三大弁財天と称している)。
 他に、熊野坐大神、 吉野坐大神、南朝四代天皇の御霊(後醍醐天皇、後村上天皇、長慶天皇、後亀山天皇)、神代天之御 中主神より百柱の神が配祀されている。
 本殿に祀られている弁財天像は普段見る事が出来ず、 毎年7月16日から17日にかけて盛大に執り行われる例大祭においてのみ御開帳され、各種祝詞・般若 心経や神楽とともに、能楽やアーティストの演奏などが奏上される。中でも、本殿右扉の中に安置さ れている日輪弁才天像は、60年に1度にのみ御開帳とされている。しかし、時勢の悪化を憂慮し、また 本殿改築20年を記念して、60年を経ずして2008年(平成20年)に日輪弁才天の御開帳が行われた (拝観料:3000円)。

歴史

 700年頃(飛鳥時代)、役行者が 同じ天川村の大峰山を開山し修験道をはじめる前にここで修行を行った。役行者が始めたと多門院日記 に記述されている。大峯蔵王権現に先立って、最高峰である弥山(みせん)の鎮守として祀られたのに 始まる。弘法大師が高野山の開山に先立って大峯山で修行し、最大の行場が天河神社であった。弘法大師 にまつわる遺品が奉納されている。
 1992年、杜撰な資金計画による社殿改築・境内整備が破綻し、 破産宣告を受ける。不動産等が競売にかけられたが買い手がつかず、債権者の債権放棄によって救済され た。

施設

 参道弥山山頂(1895m)に奥院がある。
 能との 縁が深く、能の関係の品物が多く奉納され保管されている。

== フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ==


本殿へ

本殿

本殿から下りてきて、裏手へ…
民宿は近くと聞いていたが、これがそこへ通じる道であった…

チェックインを済ませ、今宵の宿を振り返る
民宿びわは天河大弁財天社のちょうど裏手
ご主人の話では、ここは明治の分離令以前は
弁財天社の寺域であったそうである…

来迎院と大銀杏

県指定天然記念物
坪内のイチョウの巨樹
このイチョウの巨樹は、大峰山信仰や能関係の資料で知られる天河弁財天社 の西に位置する。
これほどの樹勢のよい巨樹になったのも、神社や寺内の 信仰の地にあったので切られずに残ったものと思われる。
……??天川村? 教育委員会

この樹に心を籠めて両手をあてると、
樹木にあたかも抱かれる思い、強いパワーが戴けるとか…

右上:天の川温泉