2010年9月26日(日)

** 信太神社〜高野口駅 **



《 9:10 白鷺駅付近で人身事故・不通 1時間半くらい本を読んで待つ… 》

10:51 中百舌鳥 (\540-) 〔南海高野線〕
11:28 御幸辻

11:55 子安地蔵寺
12:15-18 一言主(イチゴンシュ)神社
13:03 田原川を渡る
13:10 高野口中学校
13:43 橋本市立信太小学校
13:48-14:20 信太神社 & 休憩
15:08 橋本周辺広域ゴミ処理場
15:45 高野口駅着

15:50 高野口 (\180-) 〔JR和歌山線〕
16:11 橋本 (\540-) 〔南海高野線〕
16:50 中百舌鳥



今日は杉村公園内を通らずに歩いてきた…
== 杉村公園を通ると、普賢寺&熊野神社(右→)からここに出る ==

子安地蔵寺

一言主神社(左手)方向
== 「ひとことぬし」ではなく、「いちごんしゅ」と呼ぶとのこと ==

田原川を渡って、真っすぐ…

振り返る 田原川は車道に沿って流れている
(三石山方向)

突き当たって左手方向に信太小学校が見える筈…
後手方向:高野口中学校

信太小学校が見える
信太神社はその右手奥…

信太神社はこの方向にあるのだろう…

信太神社

信太神社の樟樹
県指定天然記念物 指定:昭和34年1月8日
 当神社の樟樹は、江戸時代後期に刊行された紀伊續風土記に見られ、現在まで 度重なる風雪に耐え、樹勢も良好で樹雲の宿る神木としての風格をそなえている。
 根元から胸高周囲が2.1mのクロガネモチの大木が癒合し、神秘性を現しているのも 奇観である。
 平成 5年 3月   橋本市教育委員会・和歌山県教育委員会


信太神社(信太五社大明神)
鎮座地 一宮 天照大神 (アマテラスオオミカミ)
     二宮 天津彦 彦火瓊瓊杵尊 (アマツヒコヒコホニニギノミコト)
     三宮 饒速日尊(火明命) (ニギハヤヒノミコト)
     四宮 神日本磐余彦尊(神武天皇) (カムヤマトイワレビコノミコト)
     五宮  岩長比賣命 (イワナガヒメノミコト)

例祭日 十月第二月曜日

御由緒
   大字田原・上中・下中・九重の総氏神で、神社の祭祀は四か村が分担して行っ ている。
 創建の年代や変遷については、境内にある県指定天然記念物の 樟樹の大木からその古さが証明される。
 古文書によると、天武天皇の白鳳 三年(674年)に、役行者が葛城山で修行の際に当社の境内で誦経されたとあります。
 天元二年(979年)に拝殿・御供所・神庫・楼門を改造したという伝えがあり、 このことから1300年前には、すでにこの神社が創建されていたものと思われる。
 内鳥居に掲げられていた「信太神宮」の額面は弘法大師空海上人の筆によるも のと伝えられ、応永二年(1395年)まで神庫に保存していたというが、現在は紛失して不明 である。
 信太神宮は将軍及び国守の御崇敬によりたびたび修繕を加えられ、 又四か村の氏子の方々の崇敬により繁栄する。
 この神社は「おんごろ(土龍 (モグラ)のこと)の宮」として近郷に名高く、神社の北隣にあった別当寺(神宮寺)から土龍 (モグラ)封じの護符が出されていたが、寛政六年(1794年)の火災で別当寺が焼失、このとき神 社の宝物や古文書が烏有に帰したことは残念である。
 むかしから氏子の四か 村には土龍(モグラ)が生息していないと言い伝えられている。


信太神社からの帰り…
和歌山県橋本市立信太小学校を望む
== 私の母校は大阪府和泉市立信太小学校なので興味深い… ==

高野山を望む
(3倍ズーム)

飯盛山、竜門山を望む

高野山 北山、飯盛山 を望む
== 高野山は橋本周辺広域ゴミ処理場の煙突方向 ==

橋本周辺広域ゴミ処理場の近くから
南葛城山方向を振り返る…