易 産 山 地 蔵 寺 |
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当山は高野山真言宗で本尊”地蔵菩薩”は一切女人安産
御守護の為天平9年(737年)に僧行基が安置されたと伝えられる。
堂宇は天正年間織田勢の兵火にかかり焼失したものの正保5年
(1647年)紀州徳川家初代藩主徳川頼宣公により再興され現在に
至るまで安産子授祈願等の参拝者は絶えることがない。 近 年は”紀伊ノ国13佛””関西花の寺”の各霊場として県下はもとより 京阪神方面からの参拝者も多い。特に4月下旬から5月初旬にかけ ては藤の季節となり九尺・赤長・八重黒龍等6種類20本の藤が咲き 乱れ、平戸つつじや山野草等の開花とも重なり境内には芳香が漂い さながら花の浄土と化し参拝者の心をなごませている。 |
易産山 子安地蔵寺 橋 本 市 観 光 協 会 |
一言主(ヒトコトヌシ)神社 鎮座地 橋本市山田626番地 祭 神 一言主大神他18神 |
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御由緒 一言主神社は桓武天皇の時代延暦 13年(約千二百年前)に空海(弘法大師)が当地を訪れた時、 村人達と相談して産土神を祭る神宮寺を創立したのがはじまりと 伝えられている。中世の頃領主吉田氏の崇敬が篤くて、山田村 葛城明神社とも称せられて山田、吉原二か村の総鎮守と仰がれて きた。明治後期に至り山田村内に鎮座していた28社を合併し現 在に至る。 祭神は一言主大神をはじめ18の神々をお祭して いる。一言主大神は、雄略天皇が葛城山へお登りになった時お出 会いになり、お二人の問答の中で大神が「私は悪事(マガゴト)も一言、 善き事も一言で解決する一言主大神であるぞ」と申され、天皇が大 変恐れいったと言う話が有名である。(古事記、日本書紀) 今 日多くの人々から「一言(イチゴン)さん」と崇敬されている。 |