淡輪ニサンザイ古墳 |
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淡輪ニサンザイ古墳(たんのわニサンザイこふん)は、大阪府泉南郡岬町にある
前方後円墳で、墳丘長170mの大型古墳である。宇度墓ともいう。 大阪府の 最南端に位置して大阪湾に面した地に造られており、800mほど西にある西陵古墳(国の史 跡、墳丘長210m)、両古墳の中間にある西小山古墳(円墳)などと共に、淡輪古墳群を形成 している。 墳丘は前方部を西南に向けた3段構築の前方後円墳で、全長170m、後円 部の直径110m。くびれ部分には造り出しがあり、水をたたえた周濠で囲まれている。また、 後円部を取り囲むようにして陪塚が7基(現存6基)ある。築造時期は5世紀後半、西陵古墳 につづいて造られたと考えられている。 出土品: 須恵質の円筒埴輪、家・盾・キヌガサ ・鳥などの埴輪が出土している 宮内庁により垂仁天皇の第2皇子である五十瓊敷入 彦命(いにしきいりひこのみこと)の墓に指定され管理下におかれており、立ち入ることはで きない。 |
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西 陵 古 墳 |
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この古墳は西二山在(ニシニサンザイ)と稱し紀小弓宿禰(キノヲユミノスクネ)
の墓であろうかと言われています。 雄略天皇9年3月の時に、新羅 征伐のため紀小弓宿禰を大将軍としてつかはすが彼地にて病気にかかり 薨ず、妻の告備大海(マビオオシアマ)遺骸を持ち帰りたるも葬る所を知らず、願 はくば良き地を占めたまえへとまうす。そこで、天皇勅して、土師連小鳥(ハジ ノムラジヲトリ)をして家墓(ハカ)を田身輪邑(タムワムラ)(現在地)に作りて葬さしむ。 |
岬 町 教 育 委 員 会 |
西陵古墳 |
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西陵古墳(さいりょうこふん、西二山在(にしにさんざい)古墳 とも)は、
大阪府泉南郡岬町淡輪に存在する古墳。 墳丘長210メートル、後円部 直径115メートル・高さ18メートル、前方部推定幅108メートル・長さ110メートル ・高さ14メートルの前方後円墳である。全国26位の規模である。 墳丘は、 三段築成であり、葺石で葺かれていた。西側(前方部から見て右側)に長方形 の造り出しがある。 周囲には、幅15メートルから35メートルの周濠がめぐ っている。 外部からは、円筒埴輪、朝顔形埴輪や、蓋形・盾形・短甲形・ 家形埴輪といった器材埴輪が見つかっている。 後円部には、主体施設と して、かつて凝灰岩製の長持形石棺の蓋石が一部露出していたが、1922年(大 正11年)、国の史跡に指定された際に埋め戻された。棺の蓋の長辺側には二個 の円形突起があったという。また、かつて、蓋石と考えられる石材が露出しており、 竪穴式石槨の存在が推定されている。 被葬者としては、紀小弓宿禰とする 説(『日本書紀』雄略天皇9年(465年))、紀船守とする説(『和泉志』)、五十瓊敷 入彦命とする説(『南游紀行』)がある。 墳丘内には遊歩道があり、自由に 観察することができる。1922年3月9日、国の史跡に指定されている。 本墳 北側に2基の円墳が現存し、陪塚として国の史跡に指定されている。かつて、もう 1基の古墳が存在し、線路の敷設時に破壊されたが、その際に提瓶、高杯、壺、 平瓶、刀身、鉄鏃が出土した。 |
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船 守 神 社 |
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御祭神 紀 船 守 公 |
五十瓊敷入彦命 |
紀小弓 宿 弥 公 |
例 祭 1 0 月 1 5 日 |
紀船守公(731〜792)は五十代桓武天皇に仕えた人で48代 称徳天皇の天平宝字8年(764)恵美押勝が叛いたとき授刀衛(タチハギエ) の士として武功をたて近衛大将から大納言まで累進し延暦11年4月2日 62才で死去したときに、桓武天皇より正二位右大臣を追贈された。 五十瓊敷入彦命は11代垂仁天皇第2皇子で命は大阪南部中心に池溝 の構築田畠の開拓等農業を大々的に奨励推進された。 紀小弓宿弥 公は21代雄略天皇に仕えて(465)征討新羅大将軍として出征武勲を立てた が新羅において戦死された。紀氏は武内宿弥の後裔で武将の家柄であり 淡輪も当寺は紀氏の領地であった。 船守神社は延喜11年(911)60代 醍醐天皇の勅令により創建されたと伝えられるが、現在の本殿は慶長14年 (1609)の再建で三間社流造三面千鳥破風および軒唐破風付桃山式で国の 重要文化財に指定されている。境内に大きな樟樹があるが推定樹齢7百年 といわれ天然記念物の指定を受けている神木である。 |
それもその筈、むこうの防波堤に波が激しくぶつ
かり、海水が防波堤を越してこちら側に流れ込んできているではないか! 身体は徐々に冷えてくる…、夕刻が刻々と迫ってくる…、2時間位様子を 見ていた伯父さんは、終に意を決した。 ワシの後についてくるんだ、屈め と言ったらしっかり岩にしがみつくんだぞ! 幸い波にぶつかることも無く、 岩の上を踏み越えて、脱出に成功! 伯父さんがもう大丈夫だと言ってい るのに、私は岸まで走り続けたのであった。 一緒に行きましょう!という誘いを 断り、ひとりこの工事現場に残った、一言も言葉を発しなかった見知らぬおじさん…、 寒そうに、鼻水を垂らしていた顔は強く印象に残っている…。 その人は暗くなる 直前にやっと漁師さんに気付いて貰い、船で救助されたと伯父さんから聞いてほっ としたことを憶えている。 |