県指定遺跡 霊 山 山 頂 遺 跡 |
---|
伝教大師(最澄・天台宗)が嵯峨天皇の勅願により、弘仁年中
(810〜823)国家鎮護のため山頂に大伽藍を創建されたもので、山の
姿がインドの霊鷲山(リョウジュセン)によく似ていることからこの名が付けら
れたと伝えられる。 昭和60年〜平成元年(1985〜1989)の5年間、 山頂付近全域の踏査及び3号地の発掘調査等によって、山頂が平安時 代〜江戸時代にかけての一大寺院跡であったことが確認された。 3号地は幾度も繰り返された最後の整地面で、建物跡の基礎石は墓地 の五輪塔の地輪を転用したものであり、遺物などから、中世から近世初め にわたる寺院跡であることがわかった。 |
伊賀市教育委員会 |
霊 山 頂 |
---|
霊山(奥の院金仏)昭和16年9月26日県史跡指定(標高766米) この寺は寺伝によると伝教大師(最澄)の創建でその後年を経て天正9年 (1581)伊賀乱の兵火のため焼き払われたと伝えられる。 石室に安置 の聖観音立像は延宝3年(1675)津住、但馬弥四郎藤原秀種の作青銅製の 仏像で御身丈112cmで霊山寺中興開山萬桟和尚の発起によるものである。 又その台石(元、宝塔の台石)の側面に永仁3乙未(1295)5月10日平氏泰清 外数名の名が刻まれている。 経塚の発見によって出土した遺物 柘植歴 史民俗資料館には代表的な平安和鏡や当寺の輸入陶器、刀剣、壺等平安末期 から鎌倉時代のものであることが確認されている。尚登山道の途中には、唐戸岩 、金鶏の鳴く谷、太鼓岩、桜地蔵等ふるさとの秘話を伝えている。 |
新 大 仏 寺 |
---|
新大仏寺は、三重県伊賀市(旧阿山郡大山田村)にある真言宗智山派
の寺院。山号は五宝山。本尊は盧遮那仏。 この寺は、1202年(建長2年) 源頼朝が後鳥羽法皇の勅願寺として開創、重源を開山として創建されたと伝え られる。新大仏寺と称する所は重源上人が東大寺に敬意をはらって寺の名前に 新の字を加えた。その後、長らく衰退し、戦国時代末期にはかなり酷い状態であ った。1688年新大仏寺を訪れた松尾芭蕉はその様子を『笈の小文』や『伊賀新 大仏之記』で記している。再建されたのは江戸時代中期の寛延年間(1748年〜 1751年)のことである。 本尊の木造如来坐像(像高4.05m)は、仏師快慶の 作で、地元では「阿波の大仏さん」として知られている。松尾芭蕉は 丈六にかげろふ高し石の上 の句を読み、その句碑も残されている。尚 芭蕉 の生れ故郷の伊賀では句碑ではなく芭蕉塚と呼ばれている。 |
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 |