信 達 神 社 (元金熊(キンユウ)寺大権現宮)由緒 |
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後祭神 神倭磐昆古命(神武天皇) 金山彦命 伊邪那美命 昔泉南樽井の海岸に神武天皇の神像が出現、里人等は神意と思い引き上げ一度は 樽井の地に祀ったが、更に神意を得たため現在の地に祀ったのが信達神社の始めと伝 わる。 天武天皇白鳳10年(682年)、役小角が金峯・熊野の両神を勧請し本殿に 合祀したもので、金熊大権現と呼ばれ、当時の信達荘13ヶ村の産土神である。 天正年間(1572〜92年)織田信長、豊臣秀吉の根来征伐の兵火に炎上し焼失したが、 幸にして御神体は無事であった。 江戸時代初期正保4年(1647年)、此の地の豪族 神主、矢野和泉守家次により社殿が再建された。 金熊寺(キンユウジ)権現宮の矢野神主 が「この地に梅の木を植えなば神領益々隆昌ならん」との神の教えを受け、一族が相議して 梅木を植林したのが現在の金熊寺梅林である。 |
林 昌 寺 |
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林昌寺(りんしょうじ)は大阪府泉南市にある真言宗御室派の仏教寺院。
山号は躑躅(ツツジ)山。岡大師とも呼ばれる。 伝承によれば、聖武天皇の勅願寺と して行基により天平年間(729年-748年)に開創されたという。現在の山号と寺号 は堀河天皇の勅号である。 天正5年(1577年)に織田信長の雑賀攻めによる 兵火を受け全山焼失したが、堂宇は江戸時代に再建された。境内には躑躅の名所 として知られる山の斜面に造られた庭園のほか、仏足石や補陀洛渡海碑など貴重 な文化遺産を有している。 境内の山の頂には愛宕権現社が鎮座している。 |
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