笠山・白山神社の参詣道 |
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笠山は、大むかしからその美しい姿ゆえに人々を引きつけ、信仰の山 としてあがめられました。ときは白鳳3年修験道を開いた役の行者が、「孔雀 の神呪」という呪法を行ない、加賀白山権現を勧請したといわれます。それ以来、 笠山附近には薬師堂や中世の山寺の興亡があり、近世の種河神社の創建など をへて、幕末に笠山に新家の村人が石の宝殿を建てたと村の記録に出ています。 近代に入っても笠山白山神社の信仰は、種河神社と結ぶ表参道を通じて、大いに にぎわいました。また、山頂は、宮村の雨乞いのトンドが焚かれました。 |
執筆:種河神社&新家歴史研究会 |
岩不動 |
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うっそうとした森の森林浴にひたって登っている途中に、
まぼろしの岩不動があります。岩場の棚に石小社と石灯 金毘羅不動 明和3年(1766) 願主 佐野 鍋屋庄左右衛門 とあり、今から230年も昔に建てられたこと がわかります。この頂は薬師山といわれています。霊山として崇敬 されたのでしょう。ここから大阪湾と和泉平野は、すばらしい眺めです。 |
執筆:種河神社&新家歴史研究会 |
水天宮と水呑み場 |
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やがて笠山もすぐそこですが、なんと山頂の近くに水飲場があります。
その起点のところに、 ひだり 半丁 すいてんぐ の石柱があります。 約55メートルです。石小社の水天宮は水源の神様として祭られたものでしょう。 |
執筆:種河神社&新家歴史研究会 |
山頂・笠山白山神社 |
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いよいよ、名山笠山に到着です。眼下に広がる茅淳の海(大阪湾)、
和泉平野の絶景・南に走る和泉山脈の稜線の美しさと四方どこからながめ
ても大変すばらしい景色が見られます。 山頂には、種河神社の境外社 として白山神社が鎮座しています。 昭和の初めに大修復が行なわれ、 新家村の若者たちによって多くの石材をこの表参道を通って運び上げられて、 りっぱな石の宝殿が築かれました。種河神社に置かれている力石(40貫)を ごらんください。当時の若者の力自慢が目に浮かぶようです。 山頂の 鳥居に、 昭和4年 老人仲 とありますが、境内石に記された氏名 からみると、当寺の新家村の有力者の寄進によったことが推測されます。 しかし、左手脇にある石柱には、 文化14酉(1817)年改 とあり ますから、これはずっと古い時代のものです。時代時代のそれぞれの村人が 絶えず修復したことがわかります。 |
執筆:種河神社&新家歴史研究会 |
40年程前九州から移住し、建設会社を経営して
いる人と立ち話をする。 『日本列島改造論』が出版された頃にこの辺り の土地の造成が始まった、とか。バブル最盛期、坪50万位まで高騰したが、 今は5万位だ…。 阪和道開通は団地ができて、その後のことだった…とか。 |