東葛城神社要覧 |
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所在地 岸和田市河合町字東出1893 ご祭神 菅原道真公 外数十座 例祭日 10月10日 概要 当神社は、もと菅原神社と称し、菅原道真公を祀れリ、 創建、由緒は不詳ですが、ご本殿は大規模で「三間社流造 正面軒 唐破風付 桧皮葺」で江戸時代前期、慶安(1648〜51)頃の遺構と推定 されるもので貴重なものであります。 明治5年村社に列し、大正2年 に旧東葛城村内に在りし数十社を合祀して東葛城神社となりました。 大正3年11月には増改築の落成式が行はれて、大正5年3月神饌幣帛 料供進社に指定せられ、その後昭和20年の終戦を経て今日に至りまし た。 この度氏子崇敬者の奉賛により、老朽せる拝殿及び覆屋を改築し 竣工いたしました。 平成9年10月吉日 |
宮司 奥野和男 |
西 葛 城 神 社 |
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明治43年(1919)、深谷神社などこの地域の神社を
合祀したもので、大国主命、菅原道真を祭神とする。この地
には、もともと楠神社と呼ばれる社があったが、楠木正成が
湊川で戦死した際、この地の豪族松浦氏がこれを悼み、かた
わらに楠(クスノキ)神社を設立したと伝えられている。深谷神社は
木積村の氏神であり、7世紀に建てられた観音寺の鎮守として、
まつられていたものと思われる。拝殿の前に立つ2本の杉は、
”駒つなぎの杉”と呼ばれている。 平成3年12月 |
貝塚市教育委員会 |
水 間 寺 |
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水間寺(みずまでら)は、大阪府貝塚市にある天台宗別格本山の寺。
山号を龍谷山と称し、本尊は聖観世音菩薩。水間観音とも称される。 寺伝によれば、天平年間(729年−749年)に聖武天皇の勅願により行基が 開創したものという。中世には貴賎の信仰を集め、江戸時代には岸和田藩主 岡部氏 (藤原南家)の帰依を受け、寺運は隆盛した。現在の堂宇は江戸時代 後期に再建されたものである。 江戸時代には岸和田藩主の手厚い保護 で栄えた寺で、1925年に参拝客を運ぶために「水間鉄道」が開通した。 病床の聖武天皇の夢に現れた観音菩薩を求め、行基が2つの川が合流する 「水間」にやってくると観音の化身である16人の童子に遭遇、誘われて滝に向 かうと竜神が現れ聖観音像を授けられたと伝わっている。 その滝は、現在の 本道の裏を流れる小川にあったらしく、現在は岸辺に設置されたフェンスに「聖 観音菩薩出現の滝」と墨でかかれたボードが設置されている。 |
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