『和泉名所図絵』(1796年刊)によればと述べている。
「国分寺 国分村にあり 金堂、宝塔、中門、大門
等旧礎石尚存」とある。また、同図絵には、当寺を
「光明皇后誕生地」と伝え、皇后生誕の秘話が
記されている。その正否はともかく、永くこの地に
伝わる話であり興味深い。
子安 阿弥陀寺 縁起 |
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当寺は今から一千二百有餘年の昔、人皇第四十五代聖武天皇の
御妃光明皇后が御産の悩みあらせられし時当時和泉の国の行基菩薩に
勅して皇后御安産の為の秘法を修せしめられたのであります。 行基 菩薩は槙尾山の西南に当る清浄の滝において三七日の間水ごもりをとり 安産の秘法を修せられましたところ満願の日の三月十五日の暁け方滝頭の 大櫻樹の上に光明赫々としてあたりを照し金色さんぜんたる阿弥陀如来が 影向ましまし只今皇后王の如く皇子御安産の由を告げ知らせ給うたのであ ります。ここに於て行基菩薩はこのあらたかなる霊顕に感激し直ちにその 大櫻樹を伐りて、今ありありと目のあたりに拝みたる如来の尊像を刻みて 当寺に安置し以って安産の守り佛とせられたのであります。爾来その霊顕 は年と共にますますあらたかにして参拝者の絶ゆる日とてはないのであり ます。 特に四月第一日曜日の大般若法要には各方面からの参拝者 で終日盛大をきわめるのであります。 |
高野山真言宗 石尾山 弘法寺 縁起 |
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当寺は「石尾大師」として昔より信仰されているお寺です。大同(西 暦810年頃)の昔、弘法大師(空海上人)が槙尾山に御登山の砌(ミギリ)、座 禅観法修行の道場として開創され、更に弘仁年間地元豪族伏屋長者の寄進 にて一宇を建立し、徐災招福・息災延命・五穀豊熟の三大後誓願にて真言 の秘法お伝え給いし、誠に由緒ふかき古き道場であります。 また古来 より槙尾山・松尾山・と並びて「和泉の三尾」と称せられ、本尊大日如来、脇 佛一願弘法大師は人々から「石尾のお大師さん」として崇信厚く、境内裏山 に安置せる四国八十八ヶ所霊場も泉州最古を誇り、善男善女の参詣にて香 煙が絶えないのであります。 和泉霊場第五十番・河泉地蔵霊場第 十八番 ぼけよけ地蔵霊場第二十番 札所 |
公雄 拝 |