2009年11月19日(木)

** 和泉中央〜黒鳥山公園 **



12:00 中百舌鳥 (\320-) 〔泉北高速鉄道〕
12:17 和泉中央

== 松尾川(南側)と槇尾川(北側)に挟まれた丘陵を行く… ==
12:40 いしたちはら公園
12:50 弥生町自治会館前(大池公園)
13:00 弥生町1丁目(丘陵を下りきる)
13:13 観音寺町バス停を過ぎ、寺門1丁目バス停手前の交差点を右へ…
13:19 槇尾川・新郷荘橋
13:25-35 スーパー・たじま屋
13:45-14:05 黒鳥山公園
14:15 伯太小学校
14:20 陸上自衛隊信太山駐屯地正門
== ここから小栗街道を歩いて行く… ==
14:30 放光池1号公園
14:36 八阪神社
14:48 聖神社(信太宮)拝前
14:52-57 信太小学校(母校)旧入口への石段前
== ここで通りがかりの人と立ち話をした後、小栗街道を離れて… ==
15:05 北信太駅着

15:12 北信太 (\320-) 〔JR阪和線〕
15:33 三国ヶ丘 〔南海高野線〕
15:37 中百舌鳥



歩き始めてしばらくして、振り返る
阪和道、その向うに神於山(コウノヤマ)&和泉山脈を望む

いしたちはら公園(地獄池)から
神於山(コウノヤマ)&和泉山脈を望む

左手:大池公園の池
この辺りから徐々に下りになっていく…
この道はJR阪和線・和泉府中駅に通じている

黒鳥山&信太山丘陵を望む
その丘陵の果てに我が生誕地があり
そのすぐ近くに黄金塚古墳があり
その向うに大鳥神社がある
(この空を飛べたら…)

槇尾川・新郷荘橋から金剛山を望む

黒鳥山公園

黒鳥山公園から岩湧山を望む

黒鳥山公園から神於山&和泉葛城山を望む
(3倍ズーム)

黒鳥山公園内にある忠霊塔

放光池1号公園・石燈籠
 この石燈籠は、小栗街道の伯太北出口、放光池の堤防、 道の西側にあったもので、昔は、住吉神社の境内にある「住吉の 高燈籠」とともに大阪湾を航行する船に現在位置を知らせる灯台 の役目を果たし、大阪湾安全航行のシンボルとなっていたと言われ、 形式からみて約三百年前のものと推察されている。
和泉市立伯太小学校PTA刊
(私たちの郷土 伯太・池上)より

== 今でも、盆踊りはこの地で行なわれている、と聞く ==
== 私が小さい頃は、最後の日は踊り明かしていた筈だが… ==

八阪神社

「小栗判官の笠かけ松」
「照手姫の腰かけ石」
 ほぼ南北に走る街道は、かつては熊野参詣道と呼ばれ、 遠く平安時代の昔から聖地熊野へ向かう蘇生のための回路で あり、祈りの道であった。この街道は、いつの頃からか「小栗街道 (オグリカイドウ)」と呼ばれ、市民に親しまれている。
 由来は、 中世の説経や近世の歌舞伎等で有名な「小栗判官と照手姫」の 伝説に基づくもので、架空の人物の名が公的な道路の名称に 採られたのは珍しいことである。
 この「小栗判官と照手姫」 の伝説とは、……はかりごとで毒酒を飲まされ地獄へ追いやられ た小栗は「餓鬼阿弥(ガキアミ)」となって再びこの世に戻される。見る も無惨な小栗だが、照手や沿道の民衆達の慈悲の心で曳(ヒ)き継ぐ 土車(ツチグルマ)で熊野の湯の峰まで運ばれる。湯の峰で湯治(トウジ) した小栗はそこで元の偉丈夫(イジョウブ)によみがえる……。という 奇跡の話である。
 照手姫達の曳く土車で熊野に向かう小栗が この地まで来たとき、一休みしようと笠をかけた松が「笠かけ松」、 そのかたわらで照手が腰を下(オ)ろした石が「腰かけ石」であった。 説経では照手はこの地までは来ていない。なのにいつしか民衆の 心からこのような伝承が生まれたのであった。

和泉市人権啓発推進協議会・歴史文化部会


信太小学校(母校)旧入口への石段