放光池1号公園・石燈籠 |
---|
この石燈籠は、小栗街道の伯太北出口、放光池の堤防、 道の西側にあったもので、昔は、住吉神社の境内にある「住吉の 高燈籠」とともに大阪湾を航行する船に現在位置を知らせる灯台 の役目を果たし、大阪湾安全航行のシンボルとなっていたと言われ、 形式からみて約三百年前のものと推察されている。 |
和泉市立伯太小学校PTA刊 (私たちの郷土 伯太・池上)より |
「小栗判官の笠かけ松」 「照手姫の腰かけ石」 |
---|
ほぼ南北に走る街道は、かつては熊野参詣道と呼ばれ、
遠く平安時代の昔から聖地熊野へ向かう蘇生のための回路で
あり、祈りの道であった。この街道は、いつの頃からか「小栗街道
(オグリカイドウ)」と呼ばれ、市民に親しまれている。 由来は、 中世の説経や近世の歌舞伎等で有名な「小栗判官と照手姫」の 伝説に基づくもので、架空の人物の名が公的な道路の名称に 採られたのは珍しいことである。 この「小栗判官と照手姫」 の伝説とは、……はかりごとで毒酒を飲まされ地獄へ追いやられ た小栗は「餓鬼阿弥(ガキアミ)」となって再びこの世に戻される。見る も無惨な小栗だが、照手や沿道の民衆達の慈悲の心で曳(ヒ)き継ぐ 土車(ツチグルマ)で熊野の湯の峰まで運ばれる。湯の峰で湯治(トウジ) した小栗はそこで元の偉丈夫(イジョウブ)によみがえる……。という 奇跡の話である。 照手姫達の曳く土車で熊野に向かう小栗が この地まで来たとき、一休みしようと笠をかけた松が「笠かけ松」、 そのかたわらで照手が腰を下(オ)ろした石が「腰かけ石」であった。 説経では照手はこの地までは来ていない。なのにいつしか民衆の 心からこのような伝承が生まれたのであった。 |
和泉市人権啓発推進協議会・歴史文化部会 |