2009年9月27日(日)

** 大江時親邸跡 **



13:07 中百舌鳥 (\370-) 〔南海高野線〕
13:36 美加の台

13:50 石仏小学校&加賀田中学校
14:02 北青葉台会館前バス停 〔南海バス〕
14:25 神納(カノ)バス停
(== 大江時親邸跡を通り過ぎてしまったらしい ==)
14:48 引き返す
15:07-18 大江時親邸跡
15:25 神納バス停
15:40 南青葉台交差点&南青葉台バス停
== 南青葉台の中を抜け、刈取り前の棚田を抜け… ==
16:00 清水地区
16:06 峠
16:20 千早口駅着

16:25 千早口 (\430-) 〔南海高野線〕
16:50 中百舌鳥



北青葉台内の道路(前方に岩湧山が見える)

南青葉台交差点から岩湧山方向を望む

府道加賀田片添線を歩いて行く…

加賀田川に沿った道(府道加賀田片添線)
岩湧寺&岩湧野外活動広場へと続く…

「大江時親邸跡」は神納バス停から徒歩約10分
しかし、表示を見落としたらしく、ここまで来る。
もう2〜3分進んで、引き返してくることに…

これを見落としてしまった!のだった…

伝大江時親(トキチカ)邸跡
 鎌倉幕府を倒し、建武の中興に大きな役割を果たした楠木正成の 軍学兵法の師であった大江時親は、平安時代後期の歌人、大江匡房の 七世孫で、この地に住んだとされている。また戦国時代に中国地方を席巻 した武将、毛利元就は、その家系図において大江時親を始祖としていると いわれている。なお、現存する大江家住宅は、復元すると、桁行六間半、 梁行四間の規模となり、居室も?形四間取りとなる。各部の様式・手 法から十八世紀前半頃の建築と考えられている。
    昭和51年3月
                河 内 長 野 市


1902年(明治35年)建立の「大江修理亮時親遺跡碑」

そこが南青葉台交差点&南青葉台バス停
右方向へ上って行く…

南青葉台から刈取り間近の棚田を望む

手前の山を越えれば清水地区の集落
向うの山を越えれば千早口の集落へ
右手:南青葉台

清水地区集落から
南青葉台(手前)&南ヶ丘を振り返る