2009年5月27日(水)

** 十字峠越え **



9:12 中百舌鳥 (\430-) 〔南海高野線〕
9:56 天見

10:12-25 蟹井神社
== 小川沿いに、眺めのよい、ゆるやかな上りが続く… ==
10:59 十字峠への登り口(かなりキツイ登り)
11:09 十字峠
11:31 車道に出る
== 石見川沿いに車道を歩いて行く… ==
11:37 石見川・新橋
11:46 上小深バス停〔南海バス〕
11:50-12:03 山本家住宅
12:12 小深バス停(観心寺方面と千早方面への分岐地点)
12:39 石見川沿いを外れ、延命寺方向へ
12:49 T字交差地点(直進すれば延命寺)
12:57-13:00 倉掛トンネル
13:15 塞神(サイノカミ)
13:17-55 喫茶・歩絵夢で休憩
14:13 千早口駅着

14:25 千早口 (\430-) 〔南海高野線〕
14:50 中百舌鳥



天見駅から線路(左側)沿いの道を行く…

蟹井神社の前を南海高野線を交えて、
十字峠に向けて歩いて行く…

蟹 井 神 社
 天喜2年(1054)の創建と伝える当社は、「甲斐(カイ)神社」と称し、 神武天皇、応神天皇、神功皇后を祀る。創建以来、数度の火災で資料 喪失し、その沿革は詳らかでない。伝えによると延宝4年(1676)の大火で 焼失し、その後再建され「蟹井神社」と改称、明治41年岩瀬の菅原神社( 祭神菅原道真公)を合祀した。また、正面の鳥居と石段は元禄12年田中 淨泉氏が寄進する。氏地は天見および岩瀬で、氏子数は210戸を数える。 秋の大祭では、見坂、茶屋出、島の谷の三地区から高提灯を仕立て祇園 囃子を唄いながら参拝する「提灯祭」は有名である。
   昭和59年3月
河内長野市


小さな川の両側に造られた棚田

田植えする夫婦

田植えする夫婦を振り返る

十字峠はあの山の方向なのか?…

十字峠から、下りを約20分で、
石見川沿いの車道に出る…

上小深バス停近くから山本家住宅を望む

屋根は今年2月に新しく葺き替えられたとのこと

山 本 家 住 宅
 当家は元庄屋をしており、紀州公鷹狩りの祭には本陣になった 家とも伝えられている。現住宅の建設年代は明らかでないが、「なんど」 の形式や柱間装置など古様で木割も太く、年代の古さを思わせるが、 一方各部の仕上げや構造手法に進歩の跡がみられ、江戸時代初期の 建設と推定されている。この住宅は桁行7間、梁行4間の規模を持ち、 桁行の半分が土間になる。床上は整形4間取りで、土間沿いに8畳の 「クチノマ」と「ダイドコロ」が並び、奥は「ザシキ」と「ナンド」になっている。 この建物は、当地方の中堅農家の典型的4間取り民家の貴重な存在とし て重要文化財の指定を受け、昭和50年に保存修理を受ける。
     昭和59年3月
河 内 長 野 市


石見川上流方向を振り返る

直進すれば延命寺へ
左へ曲がり、千早口駅へ向けて…

塞 神
     塞神(サイノカミ)は 邪霊・疫神
     障りをなす邪神を統御する
     神と信じられたが 道饗祭
     村境の神である道祖神との
      習合があり転じて旅行神としても
     信仰され又反面祖霊祭の
     印象は男女会合が背景
     となって縁結び安産の神
     子供の神となって精神的
     特徴を伝えるに至る

     祭神
      猿 田 彦
       ( 天孫降臨の時の道案内役)

     調査文献 石神問答
     愛郷倶楽部 建立
     平成8年4月吉日




休憩した 喫茶・歩絵夢 越しに
来し方を振り返る