蟹 井 神 社 |
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天喜2年(1054)の創建と伝える当社は、「甲斐(カイ)神社」と称し、
神武天皇、応神天皇、神功皇后を祀る。創建以来、数度の火災で資料
喪失し、その沿革は詳らかでない。伝えによると延宝4年(1676)の大火で
焼失し、その後再建され「蟹井神社」と改称、明治41年岩瀬の菅原神社(
祭神菅原道真公)を合祀した。また、正面の鳥居と石段は元禄12年田中
淨泉氏が寄進する。氏地は天見および岩瀬で、氏子数は210戸を数える。
秋の大祭では、見坂、茶屋出、島の谷の三地区から高提灯を仕立て祇園
囃子を唄いながら参拝する「提灯祭」は有名である。 昭和59年3月 |
河内長野市 |
山 本 家 住 宅 |
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当家は元庄屋をしており、紀州公鷹狩りの祭には本陣になった
家とも伝えられている。現住宅の建設年代は明らかでないが、「なんど」
の形式や柱間装置など古様で木割も太く、年代の古さを思わせるが、
一方各部の仕上げや構造手法に進歩の跡がみられ、江戸時代初期の
建設と推定されている。この住宅は桁行7間、梁行4間の規模を持ち、
桁行の半分が土間になる。床上は整形4間取りで、土間沿いに8畳の
「クチノマ」と「ダイドコロ」が並び、奥は「ザシキ」と「ナンド」になっている。
この建物は、当地方の中堅農家の典型的4間取り民家の貴重な存在とし
て重要文化財の指定を受け、昭和50年に保存修理を受ける。 昭和59年3月 |
河 内 長 野 市 |
塞 神 |
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塞神(サイノカミ)は 邪霊・疫神 障りをなす邪神を統御する 神と信じられたが 道饗祭 村境の神である道祖神との 習合があり転じて旅行神としても 信仰され又反面祖霊祭の 印象は男女会合が背景 となって縁結び安産の神 子供の神となって精神的 特徴を伝えるに至る 祭神 猿 田 彦 ( 天孫降臨の時の道案内役) 調査文献 石神問答 愛郷倶楽部 建立 平成8年4月吉日 |