烏帽子形八幡神社 |
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この神社は、素盞鳴命(スサノオノミコト)・?仲彦命・神功皇后・応神天皇
が御祭神で、上田、喜多、小塩、楠ヶ丘、大師町五地区の氏神として常敬
されている。 本殿は、棟札および棟束の墨書により文明12年(1480 年室町時代)の建立が確認され、昭和25年に重要文化財の指定を受けて いる。なお、昭和40年〜41年の改体修理によって建立当初の姿に復元 された。 また、烏帽子形山の山頂には、楠木七城のひとつと伝えら れる烏帽子形城跡があり、山城特有の土塁や空濠が残されている。 山頂から北方へのびる尾根の先端には、古墳時代後期と推定される 径20m、高さ3mの円墳一基がある。 |
昭和62年3月 |
河 内 長 野 市 |
青 賀 原 神 社 |
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青賀原(アオガハラ)神社の丹生(ニウ)大明神は桓武天皇の延暦3年9月14日
紀州かつらぎ 天野の里からこの地に奉還安置されたもので この神は天照大神
弟神である月読之尊(ツクヨミノミコト)(月の神)と伝えられている この丹生大明神は 空海(弘法大師)と関係深く 空海が高野御開発まじかにあった頃 泉州槇尾寺に むかい 下里谷の茅原を通行中のことである 急に黒雲が舞い下り 天地が鳴り響き 道端の澤より頭九つの大蛇が出現 火を放って空海に飛びかかった 空海は衣の 袖で 大蛇を振り払い 不思議な念仏を唱えると 黒雲の中から白と黒の犬を連れた 狩人(身丈八尺)が現れ 矢の先が千筋に分かれる弓で大蛇を退治した 空海はこの 狩人に『汝は何人ぞ』と聞けば 『我は一字金輪仏頂尊(イチジキンリンブッチョウソン)なり 空海宗祖の御命を助けるため丹生大明神に化身し出現した』という = この狩人こそ後に空海を高野山に導いたとされる狩場明神(カリバミョウジン)(高野明神) である = 丹生大明神は大蛇の死骸に大力をもって土をかけ 墓を築くとその姿を 消した 空海はこの墓を「九頭神山(クズシンザン)」とし『南無阿弥陀仏』と念仏を唱えた ことから この場所を南無阿弥陀仏(なはいだ)として今なおその地名を残し 大蛇と 共に語り継がれている (下里村丹生大明神・九頭神山由来記 要約) なお 青賀原神社創建は平安後期の治承4年4月16日と伝えられ 現在の本社殿は江戸 初期(推定)に造営されたもので 祭神は丹生大明神・高野大明神・久爾津神(クニツカミ)・ 稲荷大明神と伝えられている |