2009年3月1日(日)

** 寺ヶ池〜天野街道〜三都神社 **



11:19 中百舌鳥 (\320-) 〔南海高野線〕
11:45 千代田

12:24 小山田口バス停(南海バス)
12:45 天野川(西除川)横断
== 天野街道に入り、丘陵の中腹を下流方法へ… ==
13:06 穴地蔵 13:15-23 (昼食)
14:10-17 三都神社
14:54 金剛駅着

15:01 金剛 (\250-) 〔南海高野線〕
15:14 中百舌鳥



寺ヶ池

天の川を渡り、天野街道へ
天野街道は白い煙が立ち込めている辺り
左へ行けば、天野山金剛寺に通じる

天野街道に入り、丘陵の中腹を三都神社へ向けて…

葛城・金剛を望む

穴地蔵

堺市南区・逆瀬川方向を望む
(ここで昼食)

二上山 (近畿大学医学部) 葛城山 を望む
(狭山大野台団地)

三都神社まで2Km位の地点

天野街道は、河内と和泉を分ける
陶器山丘陵の尾根を通り、河内長野市の天野山金剛寺
(僧行基が創建、別名女人高野)への参詣道です。
途中の大野には子宝に恵まれるという「穴地蔵」があります。

同地点から二上山を望む

同地点から葛城・金剛山を望む

三 都 神 社
 三都神社(サントジンジャ)の西尾根を通り、天野山から紀州熊野に至る街道 に沿っているので熊野神社とも呼ばれている。明治時代の神仏分離までは境内 に金蔵寺があったといわれ、また近くにも光明院跡、西室院跡、地蔵院跡など の地名が残っていることから、現在の社殿付近から南部丘陵にかけての広い 地域に伽藍と鎮守の社地があったと考えられている。
 昭和58年の郷土 資料館による文化財調査の際に見つかった毘沙門天像は鎌倉時代の末期の 作であることが判明し、このことからも金蔵寺繁栄の歴史を知ることができる。


金剛駅へ向けて…