観 心 寺 |
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奈良時代に役小角が開き、弘法大師の弟子実恵が827年に創立
したこの寺は、楠木正成幼年時代の学問所でもあり、南朝ゆかりの寺と
しても有名。広い境内には、国宝の金堂をはじめ後村上天皇の檜尾陵・
楠公首塚・楠公建掛塔などがあり、また寺宝としては、国宝の如意輪観音
坐像をはじめとする重要文化財や、楠木家文書などの貴重な資料が多数
所蔵されている。 境内は、昭和9年国の史跡に指定された。 |
宝珠峯山 河合寺 |
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当山の創建は、皇極天皇2年(643)とされる。河合寺縁起によれば、
当時、この辺りの山々に幾日にもわたって五色の雲がたなびき、不思議に
思われた天皇が蘇我入鹿に調べさせたところ、光りがさしている松の大木
の根元から金色に輝く千手観世音菩薩の像があらわれ、驚かれた天皇は
蘇我入鹿に命じ、ここに本堂を建てさせ、千手観世音菩薩を祀られたのが
河合寺の創建である。 当山は、歴代天皇の信仰厚く、特に天智天皇は 藤原鎌足に勅を下して、宝塔一基を建立し、国家安全を祈念される等、法灯 すこぶる栄え、承平(931〜937)の頃には塔頭二十四坊がそびえ河南の三大 名刹の一つとして知られた。 しかし、正平3年(1348)楠木正行(マサツラ) が四條畷に戦死して後、足利氏の攻めるところとなり、一夜にして大伽藍は 焼失し寺宝は失われた。その後、織田信長に寺領を没収される等、寺運は更 に衰微し、幾多の荒廃の年月を経たが、近年、山門前に、慈母観世音菩薩を 迎える等、ようやく寺運を回復しつつある。 |
当山 住職 |