2009年1月27日(火)

** 下赤阪の棚田〜観心寺〜河合寺 **



10:00 高見ノ里 (\340-) 〔近鉄南大阪線&長野線〕
10:32 富田林
10:35 富田林駅前 (\280-) 〔金剛バス〕
10:55 森屋

11:10 赤阪中学校バス停
11:17 史跡 赤坂城跡
11:50 赤坂城跡から続いたハイキング道はここで終る
12:10-20 昼食
12:28 金剛バス・東甘南備バス停
12:52 南海バス・小吹台口バス停
13:10-25 観心寺
14:05 河合寺
14:32 河内長野駅着

14:47 河内長野 (\390-) 〔近鉄長野線&南大阪線〕
15:21 高見ノ里



葛城山を望む
== (赤坂中学校バス停近くの車道から) ==

赤阪中学校バス停
== 城跡目ざして、ここを上って行く… ==

史跡 赤坂城跡

下赤阪の棚田から嶽山を望む

下赤阪の棚田から南方向に続く道を行く…

棚田道から右手方向
嶽山&PLの白い塔を望む

棚田道から左手方向
金剛山を望む

上はどうなっているのか?
…上って行くことにする …
== (棚田道から車道に出て、観心寺へ向けて歩いて来たが…) ==

上ってきて正解! 嶽山が視界に入る
…ここで昼食…

東甘南備バス停方向を振り返る

観 心 寺
 奈良時代に役小角が開き、弘法大師の弟子実恵が827年に創立 したこの寺は、楠木正成幼年時代の学問所でもあり、南朝ゆかりの寺と しても有名。広い境内には、国宝の金堂をはじめ後村上天皇の檜尾陵・ 楠公首塚・楠公建掛塔などがあり、また寺宝としては、国宝の如意輪観音 坐像をはじめとする重要文化財や、楠木家文書などの貴重な資料が多数 所蔵されている。
 境内は、昭和9年国の史跡に指定された。


宝珠峯山 河合寺
 当山の創建は、皇極天皇2年(643)とされる。河合寺縁起によれば、 当時、この辺りの山々に幾日にもわたって五色の雲がたなびき、不思議に 思われた天皇が蘇我入鹿に調べさせたところ、光りがさしている松の大木 の根元から金色に輝く千手観世音菩薩の像があらわれ、驚かれた天皇は 蘇我入鹿に命じ、ここに本堂を建てさせ、千手観世音菩薩を祀られたのが 河合寺の創建である。
 当山は、歴代天皇の信仰厚く、特に天智天皇は 藤原鎌足に勅を下して、宝塔一基を建立し、国家安全を祈念される等、法灯 すこぶる栄え、承平(931〜937)の頃には塔頭二十四坊がそびえ河南の三大 名刹の一つとして知られた。
 しかし、正平3年(1348)楠木正行(マサツラ) が四條畷に戦死して後、足利氏の攻めるところとなり、一夜にして大伽藍は 焼失し寺宝は失われた。その後、織田信長に寺領を没収される等、寺運は更 に衰微し、幾多の荒廃の年月を経たが、近年、山門前に、慈母観世音菩薩を 迎える等、ようやく寺運を回復しつつある。
当山 住職