2008年11月29日(土)

** 芋峠〜飛鳥 **



9:00 高見ノ里 (\830-) 〔近鉄南大阪線〕
10:48 大和上市

11:05 出発
11:51 千股川 「せせらぎ公園」
12:50-13:15 芋峠近くの高取山林道&(昼食)
== 県道から芋峠頂上&竜在峠方向への急な古道を登る ==
13:22 芋峠頂上
== もう少し行けば竜在峠と飛鳥への分岐点が ==
== あったのだろうが…、引き返し、県道を下る ==
13:48 古道に入る 栢森(カヤノモリ) 1.6kmの地点
13:57 小峠
14:35 明日香村大字 栢森 「女綱」
15:03 明日香村大字 稲渕 「男綱」
== 案山子路を歩き、朝風峠越え… ==
15:17 朝風峠
15:50 飛鳥駅着

15:56 飛鳥 (\560-)
16:41 高見ノ里



大和上市駅から35分位歩いた地点
芋峠方向を望む (津風呂湖は右方向)

千股川 「せせらぎ公園」&観音堂

芋峠 左手:高取山林道

高取山林道に少し入った地点から吉野の山々を望む

芋峠
(県道をこの方向に下って行くと飛鳥に通じる)
古道 (左手:高取城跡 右手:芋峠頂上→竜在峠)

ここから右手、芋峠頂上→竜在峠方向への急な古道を登る
13:22 芋峠頂上 樹木に覆われ、展望はない
もう少し行けば竜在峠と飛鳥への分岐点があったのだろうが…
引き返し、この県道を下っていく

古道 芋峠
 電車がひけるまでは、飛鳥地方と吉野をむすぶ重要な交通路となっていたが、 こんにちは誰ひとり越えるものはなく、草ぼうぼうで道を見失いがちであり、廃道に帰 している実状である。
 山道はもちろん、田舎の担道さえ村から村へと歩く人影は、 全国ともにほとんど見られなくなった。旧道は寸断され、旧峠などたいがいが廃絶の 姿である。
 古代から近代までつづいたあるくことによる距離の観念は、交通機関 の発達によってみごとに変革をとげているといってよい。それだけに、万葉の歌の実相 があるくことによってより正しく還元されるところの多いことが、峠の草などかきわけてい るときに、しみじみ感じられてくる。
 み吉野の 耳我(ミミガ)の嶺(ミネ)に 時なくぞ
 雪は降りける 間(マ) なくぞ 雨はふりける
  その雪の 時なきがごと
  その雨の 間なきがごと
 隈(クマ)もおちず 思いつつぞ来し その山道を
           万葉集巻一 二十五
            ― 天武天皇 ―
犬 養 孝 『万葉の旅(上)』より


芋峠から県道を20分位下ってきて、古道に入る
栢森(カヤノモリ)まで 1.6kmの地点と標示

古道 小峠・芋峠道
 明日香村大字岡のあたりから吉野へ歩いてゆくのには、普通飛鳥川を さかのぼって大字稲淵、栢森と登りつめて、芋峠が吉野群との境となって、これ から吉野郡上市の町へと下るのである。
 芋峠までくれば、吉野の山々を一 つ一つ数えることができる。空気も国原とはとみに変った感である。
 この道 は、明日香村の奥座敷で、静寂快適この上もない。
 いまは自動車で、この 峠をらくに越え、飛鳥吉野間の往復もしきりである。
 昭和のはじめ ごろでは、まだ旧道であった。飛鳥川の東岸をゆく道は、栢森から左に曲って登っ てゆく道で、草茫々の廃道となり、峠へゆく途中の茶店の人も下の村におりて、 家のあとだけがあった。峠のところで新道と合している。
 持統女帝の吉野 行幸道は、地形状況からいって、この道をゆくのがきわめて自然と思われる。
犬 養 孝 『万葉の大和路』より


小峠
 ここから南西に見える山が高取山です。昭和の初め頃までは高取城址の 石垣も見えていました。分教場で学ぶ子供達の遠足はここでした。
 弁当を 食べて、黄葉・紅葉の輝く山を画用紙に描き、山を駆け巡って遊びました。
 夏はヤマアジサイのうす水色の花が、冬はアオキの赤い実が、そして草木に 被われた石地蔵が、古代からの歴史を見つめています。
古道 小峠・芋峠道
 この峠道は昭和二十年頃まで大和国中から吉野への生活道でした。 吉野へ輿入れする花嫁は駕籠に揺られ、タンス・長持・ホッカイ(御櫃等の 台所用品)等を担いだ縁者等は提灯行列をして峠を上って行きました。
 又、この道は山仕事道でもありました。当寺の山は広葉樹の自然林で、 炭焼き作業で山に寝泊りし、生活必需品の薪・焚き木を求めて老若飛鳥人が 行き来しました。今でも山中に炭焼き釜の跡が残っています。
 万葉時代 の、天武・持統天皇が吉野離宮へ通われた道もこの道だとされています。


栢森方向



栢森の民家

「 栢 森 の 綱 掛 神 事 」
Tsunakake Rite, KAYANOMORI
 綱掛神事は、栢森と稲渕両大字に伝わる神事で、毎年正月11日に 行なわれる。カンジョ掛神事ともいう。
 子孫繁栄と五穀豊穣を祈ると ともに、悪疫などこの道と川を通って侵入するものを押し止め、住民を守護 するための神事といわれている。
 栢森大字の神事の特徴は、全体を 仏式で行なうことである。福物(陰物ともいう。)と呼ばれる石の上に祭壇を 設け、僧侶の法要の後、飛鳥川の上に陰物を形どった「女綱」を掛け渡す。 一方、飛鳥川下流の稲渕大字の神事は神式で行なうことが特徴で、「男綱」 を飛鳥川に掛け渡しをする。
明日香村大字栢森です


稲渕の綱掛神事
Tsunakake Shinto Rite Inabuchi
 綱掛神事は、稲渕(イナブチ)と栢森(カヤノモリ)両大字に伝わる神事で、毎年1月に 行なわれる。カンジョ掛神事ともいう。
 子孫繁栄と五穀豊穣を祈るとともに、悪疫 などこの道と川を通って侵入するものを押しとめ、住民を守護するための神事といわれ ている。
 稲渕大字の神事の特徴は、全体を神式で行なうことである。飛鳥川の上 に陽物(ヨウブツ)をかたどった「男綱(オヅナ)」を掛け渡し、神所橋(カンジョバシ)と呼ばれる橋 に祭壇を設け、神職が御祓いをする。一方、飛鳥川上流の栢森大字の神事は仏式で行 うことが特徴で、「女綱(メヅナ)」を飛鳥川に掛け渡しをする。
明日香村


稲渕の「男綱」から朝風峠を望む

案山子路を歩いて、朝風峠へ…