2008年6月27日(金)

** 甘南備山〜酬恩庵(一休寺) **



10:02 天王寺 (\650-) 〔JR大阪環状線〕
10:22 京橋 〔JR学研都市線〕
10:57 大住

11:13 手原川・手原川橋
11:25 京奈和自動車道・下
12:02-26 神南備神社 & (昼食)
12:42 吉やんの滝
13:12-20 酬恩庵(一休寺)
13:37 京田辺駅着

13:47 京田辺 (\650-) 〔JR学研都市線〕
14:28 京橋 〔JR大阪環状線〕
14:42 天王寺



手原川沿いに歩いて行く…

酬恩庵(一休寺)はこの辺りを左へ1km位の所

京奈和自動車道が見えてくる…

京奈和自動車道の下を過ぎると
甘南備山がぐっと視界に飛び込んでくる…

甘南備山・山頂(217.5m)近くの紫陽花

神(カン) 奈(ナ) 備(ビ) 神 社
 平安時代に編集された延喜式には甘南備神社とあるこの神社は、 天照大神・天児屋根命・鵜茅葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)・大国主命を 祭神としている。
 現在の社殿は昭和五十二年(1977)に修築された ものである。
 社殿のあるこの甘南備山(標高217.5m)は、古来より 神の依りつく山として信仰の対象とされていた。平安京造営の際には京 の中軸線(朱雀(スザク)大路)の目印になったとみられている。
 地元 の薪(タキギ)地区では「かんなべやま」または「そうやま(惣山)」とも呼ばれ ている。
 昭和三十四年(1959)から毎年一月三日は、新春甘南備山 初登りで山頂はにぎわいをみせる。
 南東に下がった通称「薬師谷」 には『今昔物語集』にその名がみえる神奈比(カンナビ)寺の跡が残る。
京 田 辺 市 教 育 委 員 会
京田辺市文化財 保護委員会


鳥居近くの展望所

木津川を望む
梅林の山城青谷や玉川の桜の井手町など…

ズーム(3倍)
木津川に架かる山城大橋が見える

甘南備山を振り返る…
山頂からここまで30分位…

酬恩庵 一休寺 の沿革
 当寺の元の名は妙勝寺と云った。臨済宗の高僧、大應国師 (南浦紹明)が中国の虚堂和尚に禅を学び、帰朝後、禅の道場をこの地に建 てたのが始めである。然るにその後、元弘の戦火にかかり復興もならずにい たものを、六代の孫にあたる一休禅師が、康正年中(1455-6)宗祖の道風を 慕って、堂宇を再興し、師恩にむくいる意味で「酬恩庵」と命名し、ここで後半 の生涯を送り、八十一歳で大徳寺住職となったときもこの寺から通われたの である。
 文明十三年(1481)十一月二十一日、八十八歳の高齢を以て 当寺において示寂し、遺骨を当所に葬ったのである。
   (後略)
酬 恩 庵
住 職 職