2008年6月18日(水)

** 観音寺&普賢寺川沿い… **



9:25 難波 (\670-) 〔近鉄奈良線〕
10:11 大和西大寺 〔近鉄京都線〕
10:32 興戸

11:20 普賢寺川・観音寺橋
11:25-50 観音寺(普賢寺大御堂)&(昼食)
== 極楽寺&朱智神社を目指すが、道に迷い、引き返す ==
=== しかし、棚田の風景を楽しむ! ===
12:45 引き返し地点
13:45 観音寺参道
13:52 普賢寺川・学園橋
14:08 近鉄三山木駅着

14:16 三山木 (\670-) 〔近鉄京都線〕
14:43 大和西大寺 〔近鉄奈良線〕
15:16 難波



この道が観音寺に通じるのか?と少し不安であったが…
左手奥の山が同志社大学の敷地

普賢寺川・観音寺橋
京奈和自動車道が見える

観音寺橋から観音寺を望む
参道の右手方向に観音寺が垣間見える

参道から同志社大学のある丘陵を振り返る

観 音 寺
 真言宗智山派に属し、大御堂(オオミドウ)とも普賢寺(フゲンジ)とも 呼ばれる。
 寺伝によると、天武天皇の勅願で義淵僧正が親山寺 (筒城(ツツキ)寺)を建立し、奈良時代に聖武天皇の勅願により、天平十 六年(744)良弁僧正が再び造営し、伽藍(ガラン)を増築、親山寺を取り込 み、息長山普賢教法寺(ソクチョウザンフゲンキョウホウジ)と号し、良弁の高弟 実忠和尚(カショウ)を第一世とした。またその時に大御堂本尊として丈六 観世音を安置したという。
 この観世音が今に伝わる十一面観音 立像(国宝)であると伝えられる。この像は、等身大の木心乾漆(モクシン カンシツ)造であり、少年のような初々しい顔だち、引き締まった肉付きの 良い体躯など、天平彫刻特有の緊張感がある。
 奈良聖林寺の 十一面観音とよく比較されるが、ともに官営の造仏所で同じ奈良時代 後半頃に製作されたものであろう。
京 田 辺 市 教 育 委 員 会
京田辺市文化財保護委 員会


観音寺境内を振り返る

この道が朱智神社・極楽寺に通じると思い
歩いて行ったのであるが、迷ってしまった…

突き当たり:引き返し地点 右へ…

あの6〜7本の潅木沿いのアスファルト道を
右に上って行き、ぐるっと回って戻って来た…

普賢寺川沿いに帰路に着く…