2008年5月23日(金)

** 山背古道:山城多賀〜棚倉 **



9:43 天満橋 (\390-) 〔京阪線〕
10:19 中書島 〔京阪宇治線〕
10:30 黄檗
10:58 黄檗 (\230-) 〔JR奈良線〕
11:26 山城多賀

11:38-53 高神社
== 神社前の川に沿った道は山背古道ではなかった! ==
12:25 井手町立山吹ふれあいセンター
== ここで山背古道に合流する… ==
12:38 小野小町塚
12:43-57 まちづくりセンター椿坂(本日は休館日)&昼食
13:13 橘諸兄旧跡通過
13:33-38 綺原神社&蟹満寺
13:52 不動川
14:03 棚倉駅通過
== 神童寺の近くで道を間違い、10分のロス! ==
15:02-10 神童寺
15:48 棚倉駅着

16:01 棚倉 (\820-) 〔JR奈良線〕
16:28 奈良 〔JR関西線〕
17:05 天王寺



高神社

高神社概略
 欽明天皇の元年(540年)に御降臨よりて、社殿を建てて奉祀し、後171年を 経て元明天皇の和銅四年(711年)多賀明神之社として奉祀したのに始まる。
 聖武天皇の天平三年(731年)に現在地に遷座され、当時の御祭神である 高御産日神、伊邪那美命、須佐鳴命を祀った。
 「興福寺官務牒琉」によれば、その御祭神である高御産日神の「高」の字をとって 「高神社」と号するようになった。
 現在の社殿は、慶長四年(1604年)に建てら れたもので、京都府の文化財として指定を受けている。また、鎮守の森は、平成二年 七月に設置された「京都府緑と文化の基金」推進事業の一環である「京都府の自然 200選」の「歴史環境部門」に指定されている。


参道の前を流れる南谷川
(谷川ホタル公園が整備されている)
この川に沿って歩いて行ったが、……
JR奈良線の踏み切りに通じていた。
この道は山背古道ではなかった

井手町立山吹ふれあいセンター
踏み切り近くからここまで登って来て、
山背古道(高神社の裏手の山道だろう…)に
合流することができた…

このような道を歩いていると、本当にホッとする…

山背古道で最も気に入った光景!
ここから10分位で……
地蔵院、玉津岡神社、小野小町塚

蟹満寺

不動川(上流方向)

蟹の恩返し
@ むかしむかし、このあたりに心の温かい仲の良い夫婦と一 人の娘が住んでいました。その娘は小さなころから毎日毎日、ありがたいお 経を読む、信仰深い、やさしいかわいい娘でした。ある日のこと、村人がカニを たくさんつかまえて食べようとしているのに出会った娘は「かわりに魚をあげ ますから、そのカニを私にください。」と村人からカニをもらい、川に放して やりました。
A それから幾日か後、娘のお父さんが田を耕していると、大き なヘビがカエルをのもうとしています。お父さんは、カエルを助けてやりたい一心 でヘビにむかって、「そのカエルを放してやってくれたなら、娘をおまえの嫁にし てやろう。」と言ったのです。すると、不思議にも、ヘビはカエルを放し、スルスル と草むらの中へ姿を消したのです。あわてて心にもないことを言ってしまったお 父さんは、急いで家に帰ると娘にそのことを話しました。娘は、「お父さん、大 丈夫よ。元気を出してください。観音様が守ってくださいますから。」と言いまし た。
B その夜、りっぱな冠(カンムリ)と衣を着(ツ)けた男が現れて、「約束 どおり、娘をもらいに来ました。」とせまりました。お父さんは、「嫁入りのしたくが あるので、三日後に来てください。」と男を帰しました。そしてこの三日間で蔵をつ くり、娘は蔵の中に入って戸をしっかり閉めて、お経を読み続けました、
C ついに約束の日となり、男は家にやって来ました。ところが娘は 蔵から出て来ないので、男はついにおこり、大蛇の姿となって荒れくるい、蔵をしっ ぽでたたきました。
 娘はただひたすらお経を読み続けました。すると、光り 輝くやさしいお顔の観音様が現れて、「何もこわがることはありません。ただひた すら私を信じてお祈りすれば、きっと守ってあげますから。」と言って姿を消しました。
D まもなく、どうしたことか、大蛇のあばれる音がぱったり止まりまし た。その時、ヘビの悲鳴が聞こえ、やがてその音も聞こえなくなりました。
 夜 が明けてみると、外にはカニのハサミでバラバラに切られた大蛇の姿と、たくさんの カニのしがいが残されていました。
E 親子は観音様に深く感謝しました。娘の身代わりになったカニと ヘビの霊をなぐさめるため、しがいをうめ、その上にお堂を建てて、観音様をまつり ました。
 そのお寺が蟹満寺の由来です。


神童寺
== 現在、本堂の修復中(平成20年12月まで) ==

 神童寺は、古くから奈良の吉野山と密接な関係を持つ修験道の霊地です。 「北吉野山神童寺縁起」によると、この寺は聖徳太子の創建と伝えられ、役行者が この山で修行中に二人の神童の助力を得て刻んだという蔵王権現像を本尊とし、 また多くの文化財を所蔵する古寺として知られています。
 室町時代建立の本堂 (蔵王堂)は、国の重要文化財です。また、収蔵庫には、国の重要文化財に指定され ている木造不動明王立像、木造愛染明王坐像や木造阿弥陀如来坐像など多数安置 されています。