2008年5月12日(月)

** 筒城宮〜井手の里(玉川沿いに…) **



9:30 天王寺 (\740-) 〔JR大阪環状線〕
9:45 京橋 〔JR学研都市線〕
10:35 同志社前

10:50-11:00 筒城宮(ツツキノミヤ)跡
11:23 JR&近鉄 三山木駅
11:38-47 木津川・玉水橋
12:00-15 玉川堤で(昼食)
12:50 小野小町塚
12:55-13:10 玉津岡神社&地蔵禅院(曹洞宗)
13:18-45 井手町まちづくりセンター椿坂 交深棟
== ボランティアの人が常駐、お茶を持て成してくれる ==
13:52-14:05 橘諸兄旧跡
14:20-25 弥勒磨崖仏
15:02 木津川・玉水橋
15:22 三山木(ミヤマギ)駅着

15:34 三山木 (\670-) 〔近鉄京都線〕
16:00 大和西大寺 〔近鉄奈良線〕
16:33 難波



同志社大学構内にある「筒城宮跡」へ向けて…

筒城宮(ツツキノミヤ)伝承地
       京田辺市多々羅都谷
 越前から迎えられ楠葉(クズハ)宮で即位した継体天皇が、即位後 五年から十二年(511〜518)、弟国(オトクニ)宮に移るまでの七年間宮が 置かれた所である。
 京田辺市郷土史会が、昭和三十六年(1961) 筒城宮跡顕揚会を結成し当時の明治神宮宮司、甘露寺受長氏の筆に なる「筒城宮址」石碑を建てた。併せて当時の村田太平会長(1888〜 1976)の筒城宮を讃える歌碑も副碑として建っている。
 現在、ここ の地名が「都谷」であるところから筒城宮の伝承地とされている。筒城宮 跡の解明が待たれる。
          京田辺市教育委員会
          京田辺市 文化財保護委員会


木津川・玉水橋から
筒城宮跡のある多々羅都谷方向を振り返る

木津川・玉水橋から
井手の里を望む…

桜の名所・玉川堤
桜花爛漫時には一日4,5千の人達で賑わうそうです…

玉 川
 左大臣橘諸兄が天平12年(740年)、この地に壮麗な別業をかまえ、 聖武天皇の行幸を仰いで盛大な宴遊を催したといわれる井手町の中央を 東西に流れる玉川は、天平の昔に水際にくまなく山吹が植えられたといわ れ、永年その美を誇ったものである。日本六玉川の一つで古来和歌などに よく詠まれている。昭和28年の水害でその景観が失われたが、近年地元の 努力がみのり、山吹、さくらの名所として復活した。
駒 とめて
なほ水かはむ山吹の
花の露そふ ゐでの玉川

藤原俊成  新古今和歌集


井手の里の風景

小野小町塚
 小野小町は、平安時代前期の歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人と して知られています。しかし仁明天皇(在位833〜850)の時代に宮廷に仕え た歌人である事は確かですが、その生涯は謎に包まれ、終焉の地は、ここ 井手町以外に京都市他、秋田県、山口県など全国各地に散在しています。
 「冷泉家記(レイゼイカキ)」によると「小町69才井手寺に於いて死す」とあり、 また「百人一首抄」にも「小野小町のおはりける所は山城の井手の里なりとなん」 と記されており、古来「大妹塚」と称されてきた井手の「小町塚」は、中でも信憑性 のあるものとされています。
 世に伝えられる小町の晩年の零落の姿は、絶 世の美人であったが故に語られた伝説で、歌枕として数多くの歌に詠まれるここ 井手の里で、山吹の咲きこぼれる玉川堤を散策しながら、穏やかな余生を過ごし た事と思われます


玉津岡神社

玉津岡神社の参道から生駒山を望む

曹洞宗・地蔵院のシダレザクラ
 本尊地蔵菩薩は、井手左大臣橘諸兄公(684〜757)の持仏で あったと伝えられています。
 現在のシダレザクラは、享保十二年 (1727)に植樹されました。昭和二十二年に枯死した円山公園の初代の シダレザクラは当院の先代の親桜から株分けしたもので、母樹を同じくす る古木であります。(中略)京都百景にふさわしく、木津川の流れを遠望で きる景勝の地であり、小鳥のさえずるなかで、遠くには、生駒、信貴、葛城、 金剛の連峰を望むことが出来ます。南山城地域で、他に例のないシダレザ クラは、その優雅さに魅せられて訪れる人々の心をなごませてくれます。
玉峰山  地蔵院


シダレザクラの枝先から生駒山を遠望する

木津川・玉水橋より
生駒山方向を望む