2008年4月20日(日)

** 宇治・地蔵院&白山神社〜太陽が丘 **



11:23 天満橋 (\390-) 〔京阪電車〕
11:59 中書島 〔宇治線〕
12:14 宇治

12:28-45 (昼食)
13:23-30 地蔵院
13:38-47 白山神社
14:01 白川峠バス停
14:05-50 山城総合運動公園(太陽が丘)
15:27 宇治駅着

15:38 宇治 (\390-)
15:54 中書島
16:28 天満橋



宇治川

もののふの八十氏河(ヤソウジガワ)の網代木(アジロギ)に
いざよふ波の行く方しらずも    柿本人麿

宇治川・橘島

地 蔵 院
延命山と号する浄土宗の寺である
地蔵院は弘治年間(1555-58)に創建された

藤原頼通(ヨリミチ)の娘・四条宮寛子(カンシ)(1036-1127)が
康和4年(1102)年に建立し、後に廃絶したと伝えられる
白川金色院の遺宝を多数所蔵している

白川金色院について
金色院は後冷泉天皇の皇后四条宮寛子(宇治平等院を建てた関白藤原頼通の娘) が康和4年(1102)に創建した寺と伝えられています。この白川の里にはその名のとおり 金色まばゆい伽藍が並び建ち、天治元年(1124)に落成した奥州平泉の中尊寺金色堂 のモデルともなったといわれていますが、長禄4年(1460)の火災に焼失し、金色院の優雅 なたたずまいは失われてしまいました。現在ではその鎮守社であった白山神社に寄棟造 茅葺拝殿(鎌倉)があり、ここ地蔵院には奈良時代の銅造阿シュク如来立像、釈迦如来坐像 などをはじめ、平安時代の銅造・木造の仏像・板彫両界曼荼羅、あるいは建武2年(1335) 鋳造の梵鐘、平安ー鎌倉期の大般若経など金色院の遺宝とされる多くの文化財が収め られています。
地 蔵 院


白川金色院・惣門

白川金色院があったと推定されている所

白山神社がある森(左側)
白川金色院推定箇所(左手前)

白川金色院の寄棟造茅葺拝殿

白山(ハクサン)神社
手前が寄棟造茅葺拝殿

白山神社と金色院
白山神社は延暦9年(790)に疱瘡(ホウソウ)が流行した時に、その 治癒を願って建てられたと伝えられていますが、やがて藤原頼通(ヨリミチ) の娘で後冷泉(ゴレイゼイ)天皇の皇后寛子(カンシ)の建立といわれる金色院 の鎮守社となりました。
祭神は伊邪那美命(イザナミノミコト)で、平安時代 後期の木造座像を祀っています。
康和4年(1102)に建立された金色院 は、七間四面の本堂のほか、多くの堂塔や坊舎を誇り、堂塔には金が ちりばめられていたと伝えられています。現在では白山神社と惣門(ソウモン)、 寛子の供養塔といわれる九重石塔が残るのみですが、同じ白川の地蔵院 に保存されているな数々の宝物や文化財から、往時を偲ぶことができます。


山城総合運動公園(太陽が丘)