峠の地蔵さん |
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こヽは北国街道、京都から近江路を湖北に通ずる小関峠の頂きに 安置されて居る御地蔵さんの御堂です。喜堂(ヨロコビドウ)なんと素晴らし 御堂の名称でしょう。そのルーツの詳細は知る由もありませんが、十数 年前大津に通じる道路の拡張工事が行われた際、叢に放り出されて居た 御地蔵さんを見つけて今の地に安置されました。それよりこの人里離れた 峠へ毎日供花をかヽす事なく、近郷近在からのお詣りも絶えず、延々数千 人の方々の一円からの御奉謝により、こヽに立派な御堂が建立される事 になりました。皆様の心が一つになって建立された喜びを忘れず御堂の 名称といたしました。末永く庶民の暮しと交通の安全をお祈りいたします。 |
峠の地蔵さん保存会一同 |
大津市指定文化財 有形民俗文化財 |
石造小関越道標 |
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(大津市小関町) |
北国街道(西近江路)から別れて藤尾で東海道に合流する約五キロメートル
の道は、かつて東海道の間道として利用され、小関越と呼ばれていました。 この道標が立つのは、小関越から園城寺(オンジョウジ)(三井寺)へ向かう道の 分岐点にあたります。江戸時代中頃の建立で、高さは約95センチメートルあります。 三面には「左り三井寺 是より半丁」「右小関越 三条五条 いまくま 京道」「右三井寺」と刻まれています。 三井寺は西国三 十三所観音巡礼の第十四番札所として多くの参詣者がありました。刻銘の「いまくま」 は第十五番札所の京都今熊野観音寺のことで、この道が巡礼道であったことを示す 資料ともなっています。 昭和50年(1975)1月、大津市の有形民俗文化財に 指定されました。 |
大津市教育委員会 |
平成16年(2004)8月 |
蝉丸神社の由緒 |
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当社は天慶九年(946年)蝉丸を主神として祠られております。 蝉丸は盲目の琵琶法師と呼ばれ、音曲共通の祖神として平安末期の 芸能に携わる人々に崇敬され、当宮の免許により興行したものです。 その後、万治三年(1660年)現在の社が建立され、街道の守護神猿田彦命 と豊玉姫命を合祀してお祠りしてあります。 こ れ や こ の ゆ く も か へ る も わ か れ て は し る も し ら ぬ も あ ふ さ か 乃 せ き 蝉丸 |
大津算盤(ソロバン)の始祖・片岡庄兵衛 |
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江戸時代、東海道筋のこの付近で売られていた大津算盤は、慶長 十七年(1612)、片岡庄兵衛が、明国(ミンコク)から長崎に渡来した算盤を 参考に、製造を始めたものと伝える。同家は以後、この碑の西方にあった 一里塚付近(旧今一里町)で店を構え、幕府御用達の算盤師になったという。 なお昭和初期まで、この碑の場所にも同家のご子孫が住まわれていた。 |