2008年2月18日(月)

** 日向大神宮〜哲学の道 **



10:03 天満橋 (\400-) 〔京阪線〕
10:50 三条
10:57 三条京阪 (\250-) 〔京都地下鉄東西線〕
11:03 御陵

11:17 琵琶湖疏水道に着く (曹洞宗・永興寺)
== 蹴上方向へ…、すぐに山道に入る ==
11:58 神田稲荷大神
12:00-10 日向大神宮
12:18 大神宮橋
12:30 蹴上発電所
12:35 南禅寺
12:45 永観堂
12:52-13:10 熊野若王子神社 (昼食)
== ここから哲学の道になる ==
13:26 冷泉天皇櫻本陵
13:37 哲学の道終り (銀閣寺)
13:54 後二條天皇北白河陵
14:12 出町柳駅着

14:18 出町柳 (\460-) 〔京阪線〕
15:08 天満橋



疏水傍の道はすぐに終る
正面突き当たりを右手上方へ登って行く…

花山天文台を望む
(右手に白く見えるのは阿含宗総本殿)

神田稲荷大神

日向大神宮
清和天皇の勅願によって天照大神を粟田山に勧請
したことに始まり、その後応仁の乱で焼亡したが、
寛永年間(1624-44)に伊勢人
野呂左衛門尉源宗光が再興したと伝える。

史跡 琵琶湖疏水
 明治2年に東京へ都が移り、産業も人口も急激に衰退して いく京都にあって、第3代京都府知事北垣国道は、京都に近く水量 豊かな琵琶湖に着目し、疏水を開削することにより、琵琶湖と宇治 川を結ぶ舟運を開き、同時に水力、灌漑、防火などに利用して京都 の産業振興を図ろうとしました。この疏水工事の御用係に選ばれた のが、明治16年工部大学を卒業したばかりの田邊朔朗でし た。
 (中略)
 疏水工事は、明治18年6月に着工して以来、 数々の困難を乗り越えて同23年3月に大津から鴨川落合まで完成し、 それより以南は明治25年11月に着工し、明治27年9月に完成しまし た。
 この疏水の水は、現在においても水道水の他、発電、防火、 工業など多目的に利用されており、京都市民の生活を支える重要な 役割を担っております。
..........京都市..........


吉田山を望む

急に晴れ上がる!
(突き当りを右手に曲ると南禅寺の大門)

大文字山を望む

熊野若王子神社
永歴元年(1160)後白河法皇が熊野権現を勧請して
建立した若王子の鎮守社で、社名は天照大神の別称
若一皇子に因んで名付けられた、とある。

哲学の道
人は人 吾はわれ也 とにかくに
吾行く道を 吾は行なり  寸心
(寸心は西田幾多郎の居士号)