由緒 第22代清寧(セイネイ)天皇が崩御された時、皇太子 億計(オケ)王(仁賢天皇)と皇太子弘計(オケ)王(顕宗天皇)の兄弟は互いに 皇位を譲り合い、なかなか御位に就かれないので姉君である飯豊青命が 代わって、この地で朝政を執られました。 日本書紀には 倭辺 (ヤマトベ)に見が欲しものは忍海(オシヌミ)のこの高城(タカキ)なる角刺宮(ツヌサシノミヤ) とあり、大層立派な建物であったようです。 飯豊青命の執政 期間は短く、わずか十ヶ月余りで崩御され葛城埴口丘陵に葬られました。 北西900m先にある飯豊天皇陵がそれです。 飯豊青命は記紀では天皇 としては認められてはいませんが、天皇の扱いになっている歴史書も古来より 数冊残されており、史上初の女性天皇としてその歴史に注目が集まるところ です。 鏡池(カガミイケ) 境内にある鏡池は飯豊青命が 毎朝、鏡代わりに使った池と伝えられています。またこの池は蓮池とも呼ば れていて、當麻寺(タイマデラ)の中将姫が曼荼羅を織るための蓮糸をこの池から 採ったと言われています。 忍海寺(ニンカイジ) 境内に建つ 忍海寺は神仏習合の表れとして神社に置かれた寺院である神宮寺です。 本尊の観音菩薩立像は飯豊青命が仏の姿で現れたものではないかと伝えら れています。 |