月の輪滝とその周辺 |
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私市の古老は月の輪滝(ワノタキ)を金剛滝と言っていた。ここは土地の
神を祭るところで、滝石は神聖視されていたらしい。 月の輪の流水を さかのぼると、府民の森から奈良県(大和)のくろんど池に通じる。かつては 大和との文化の道であったのだろう。 昭和45年、滝の西よりを宅地 造成中に弥陀三尊(ミダサンゾン)の塼仏(センブツ)、土師(ハジ)の骨つぼ、古銭( 富寿神宝818鋳造)が出土し、地下約1メートルの地層からは土器片などが 採集された。 尺治と呼ばれるこの谷には、まだまだ私市の古い文化が 秘められていることだろう。 このあたり一帯は獅子窟寺(シシクツジ)の寺 域であったらしい。 |
獅子窟寺とその周辺 |
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この寺は普見山(フミザン)獅子窟寺(シシクツジ)といい真言宗高野山派
に属する。開基は役小角と伝えられ本尊薬師如来座像は弘仁期の榧(カヤ)
材の一木造りで国宝である。 聖武天皇の勅願を受けた僧行基(668~ 746)が堂塔を建て金剛般若窟といった。その後に空海もこの山で修業した。 亀山上皇(1249~1305)はこの薬師仏に病気平癒を祈られ、全快された 喜びに荒廃していた寺を立派に再建された。嘉元3年(1305)上皇崩御の時、 その徳をしのんで王の墓が建てられた。 元和元年(1615)兵火のために 全山十二院が焼失し、中興光影和尚によって再建されたが以前の十分の一 にもおよばなかった。現在の寺はその当時のものである。 百重原の地名 が示す地形の優秀さと国宝薬師仏がこの寺のよさを教えている。 |