この古墳は、三輪山の西麓に築かれた、帆立貝式の前方後円墳である。 墳丘部全長約66m、後円部径約56m、前方部幅約29mで、箸中古墳群の中では、「箸墓古墳」に次ぐ 規模をもっている。墳丘には葺石とともに円筒埴輪が樹立していたらしく、破片が散乱している。また、 周囲に周濠の痕跡をとどめている。この古墳の築造年代は五世紀と考えられる。帆立貝式の古墳は 全国でも数が少なく、古墳時代中期の墓制を考える上で貴重な古墳である。 |
古代の「出雲ムラ」は、ここ(三輪山山頂から東へ約1700メートルの
尾根の上)にあった。 ・現在も出雲地区内(奈良県桜井市出雲) ・「ダンノダイラ」 の面積は、約6.3万平方メートル ・大昔の出雲村は、東隣の「白河ムラ」と同郷であった ・この周域は、古代、多くの人々が住んでおり、先住民生活圏で、日本建国の母胎であったか? 古代人が畏敬した神聖域で、神の奉斎地であった 「出雲ムラ」の地元伝説から、この地の古代の姿が掘り起こされた ・峯の上から水が、いまも湧き出ている。(山上からの流水でない) 「ダンノダイラ」の上。りょう山池。水神坐水沼社。その他数ヶ所。 何れも、約485 メートルの等高線上にある。 ・湧水の小川跡が現存している。 小川跡の側面から6世紀から12世紀にわたる土器片採取された。 ・この周辺で、人が明治の初め頃まで住んでおった。田、宅地跡が現存。 ・「天壇(テンダン)」の跡 (天壇は、天帝を祀る祭壇で、中国の北京・瀋陽に遺跡がある。) 直径約20メートルの土盛りが5段、上段に小石が敷かれている。 この天壇は「日本式天壇」 か。「倭ノ弥和(ミワ)ノ御室ノ嶺ノ上ノ宮」? 皇学館大学 村野豪先生説 ・磐座(イワクラ) 巨石(約20メートル立方)、ダンノダイラの東端に鎮座。東方の谷底にひき田神社あり ・埴土(ハニツチ)山 全山が赤い埴土。この聖土と、山上の湧水(神水)で埴輪や土人形が造られたと思われる。 奈良県桜井市出雲 野見宿禰顕彰会 |