2007年10月12日(金)

** ダンノダイラ(古代出雲村) **



9:44 難波 (\670-)
9:53 上本町 〔近鉄大阪線〕
10:40 桜井 (\140-) 〔JR桜井線〕
11:03 三輪

11:23 茅原大墓古墳
11:40 桧原神社
12:40 巻向山 奥不動寺
12:50-13:00 ダンノダイラ
13:22-40 見晴らしの良い名も無い(?)祠(昼食)
14:15 白山神社(雄略天皇朝倉宮跡地)
14:37 大和朝倉駅着

14:59 大和朝倉 (\670-) 〔近鉄大阪線〕
15:57 難波



茅原大墓古墳
 この古墳は、三輪山の西麓に築かれた、帆立貝式の前方後円墳である。 墳丘部全長約66m、後円部径約56m、前方部幅約29mで、箸中古墳群の中では、「箸墓古墳」に次ぐ 規模をもっている。墳丘には葺石とともに円筒埴輪が樹立していたらしく、破片が散乱している。また、 周囲に周濠の痕跡をとどめている。この古墳の築造年代は五世紀と考えられる。帆立貝式の古墳は 全国でも数が少なく、古墳時代中期の墓制を考える上で貴重な古墳である。
桜井市教育委員会

二上山&箸墓古墳を望む

巻向川(下流方向)
この川に沿って上流方向へ登っていく…

真言律宗 巻向山 奥不動寺

奥不動寺
この本堂の左側を300m程行くと、「ダンノダイラ」の西端に通じる

ダンノダイラの西端部を通り過ぎただけなのですが、
杉の木々が林立していて見晴らしはなく、此処に昔
人が住んでいたことを想像することは難しかった。
もっと彼方此方歩き廻ってみるべきだった…
古代の「出雲ムラ」は、ここ(三輪山山頂から東へ約1700メートルの 尾根の上)にあった。
  ・現在も出雲地区内(奈良県桜井市出雲)
  ・「ダンノダイラ」 の面積は、約6.3万平方メートル
  ・大昔の出雲村は、東隣の「白河ムラ」と同郷であった
  ・この周域は、古代、多くの人々が住んでおり、先住民生活圏で、日本建国の母胎であったか?
古代人が畏敬した神聖域で、神の奉斎地であった
「出雲ムラ」の地元伝説から、この地の古代の姿が掘り起こされた

・峯の上から水が、いまも湧き出ている。(山上からの流水でない)
「ダンノダイラ」の上。りょう山池。水神坐水沼社。その他数ヶ所。
何れも、約485 メートルの等高線上にある。

・湧水の小川跡が現存している。
小川跡の側面から6世紀から12世紀にわたる土器片採取された。

・この周辺で、人が明治の初め頃まで住んでおった。田、宅地跡が現存。

・「天壇(テンダン)」の跡
(天壇は、天帝を祀る祭壇で、中国の北京・瀋陽に遺跡がある。)
直径約20メートルの土盛りが5段、上段に小石が敷かれている。
この天壇は「日本式天壇」 か。「倭ノ弥和(ミワ)ノ御室ノ嶺ノ上ノ宮」? 皇学館大学 村野豪先生説

・磐座(イワクラ)   巨石(約20メートル立方)、ダンノダイラの東端に鎮座。東方の谷底にひき田神社あり

・埴土(ハニツチ)山  全山が赤い埴土。この聖土と、山上の湧水(神水)で埴輪や土人形が造られたと思われる。

       奈良県桜井市出雲  野見宿禰顕彰会   


「ダンノダイラ」を離れて、急傾斜の道を下りて行く…
右へ反れて、少し行くと小さな祠がある


小さな祠
此処からの展望は素晴らしい!

パノラマ(1)

パノラマ(2)

パノラマ(3)

出雲地区
向うの山は音羽山

出雲地区を振り返る