2007年8月1日(水)
** 長浜茶臼山古墳 **
9:00 大阪 (\1,890-) 〔JR山陽本線〕
10:25 米原 〔JR北陸線〕
10:35 長浜
11:40 長浜駅前 (\480-) 〔湖国バス〕
12:02 野村橋
12:10 姉川・野村橋
12:13-20 姉川古戦場跡
12:37 姉川・今荘橋
12:50-13:10 長浜茶臼山古墳
(13:00 横山城跡へ向うが途中で引き返す)
13:30 オサキ山古墳
13:35 天満神社
(長浜市街へ向けて戻る)
14:40 北陸自動車道下を通過
14:53 伊吹神社
15:40 長浜駅着
(〜16:20 レストランで休憩)
16:30-55 長浜城
17:22 民宿着
バス内から伊吹山を撮る!
七尾山(691m) 伊吹山(1,377m) (茶臼山古墳) 横山
姉川・野村橋
姉川の合戦場:::元亀元年(1570年)6月28日
戦いは午前5時頃に始まり、午後2時頃に終った
この姉川をはさんで北(向こう側)に一万八千人、南に二万八千人
北に陣取るは浅井・朝倉連合軍、かたや南に陣取るは織田・徳川連合軍
〜ゞ〜〆★♂☆♂★↑∞↓⇔→*←↑※♂★▲♂☆♂★∈“‥ゞヾ〜……
この戦いによる戦死者は、浅井・朝倉軍は千七百余人、織田・徳川軍も八百余人
負傷者もその三倍にもおよび、清らかな姉川の流れは真っ赤に染まったと伝えられている…
野村橋から茶臼山古墳のある横山を望む
姉川の堤を今荘橋(上流方向)へ向けて歩いて行く
伊吹山の頂が少し見える…
今荘(イマジョウ)橋
横山方向 その先端(右):茶臼山古墳
今荘橋を渡り、少し行った地点で振り返る…
水源河川の分岐点から茶臼山古墳を望む
横山丘陵先端の尾根を整形して造った、湖北最大の前方後円墳
後円墳部は平野部、前方部は南東の丘陵側に向いている
立地、形状等から四世紀後半の築造と推定されている
後円部頂上の地下には、竪穴式石室があるのではないか
と言われているが、まだ発掘調査は行なわれていないらしい
左手:茶臼山古墳
古来より大切に継承されてきた重要な水源河川の一つ、
堀部川が古墳を囲むように垣籠(カイゴメ)地区を流れている
垣籠(カイゴメ)地区から湖北の山々を眺望する
右手に茶臼山古墳が見える…
(先端部:茶臼山古墳)横山、七尾山の
向うに聳える伊吹山の雄姿
長浜城
室町時代初め 京極道誉が今浜(長浜)の地に出城を築く
1574年 羽柴秀吉が長浜城を築城 城下を長浜と命名
1585年 秀吉の家臣、山内一豊 5年間在城
1606年 家康の家臣、内藤信成 入城
1615年 内藤信正 摂津高槻に移り、長浜城は廃城
(建物、石垣の大半は彦根城に移された)
1983年 長浜城歴史博物館として再建される
※ 建設費の半分近くが市民の寄附による ※