2007年7月26日(木)
** 初瀬川下り **
9:25 難波 (\730-)
9:35 上本町 〔近鉄大阪線〕
10:32 長谷寺
11:03-20 十二柱神社・野見宿禰五輪塔・武烈天皇泊瀬列城宮伝承地
11:40-55 白山神社・雄略天皇泊瀬(ハツセ)朝倉宮伝承地 (昼食)
12:07 春日神社
12:22-30 玉列神社&慈恩寺
12:52 初瀬川(大和川)・馬井手橋
13:17 桜井駅着
13:29 桜井 (\670-) 〔近鉄大阪線〕
14:18 難波
近鉄長谷寺駅前より長谷寺&初瀬ダム方向を望む
初瀬川上流方向
十二柱神社::「出雲ムラ」の村社
大昔は、神殿がなく、「ダンノダイラ」の磐座(イワクラ)を拝んだ。
明治の初めごろまで、年に一度、全村民が「ダンノダイラ」へ
登って、出雲の先祖を祀り偲んだ。一日中、相撲したり遊んだり、
食べたりした。(出雲ムラ伝説)西脇弥之吉氏(当時83才)より聞く。
1964年(昭和39年7月)
「ダンノダイラ」:三輪山の東方1700mの嶺の上にあった古代の出雲集落地
野見宿禰五輪塔
出雲の野見宿禰(ノミノスクネ)と当麻の蹴速(ケハヤ)が、垂仁天皇の御代、
天覧相撲をとり、宿禰が蹴速を倒した話が日本書紀に記されている。
この出雲地区には古代より野見宿禰の古墳と伝えられる大きな塚があり、
旧出雲の村人らは鎌倉初期に五輪等を建立した。明治16年農地整理
により塚は形を失い、墳土の塔をここに移して祀った、とある。
「出雲ムラ」の伝誦
当麻蹴速と相撲して勝った「野見宿禰」さんは、この「出雲」に住んでいた。
「野見宿禰」さんは、古墳時代に殉死の悪習をやめて、
埴輪に改革した名アイデアマンで、知徳の神様でもあった。
三輪山を望む
白山神社
雄略天皇泊瀬(ハツセ)朝倉宮伝承地
桜井市黒崎の「天の森」が朝倉宮の地であろうとの説は、
『大和志』や『日本書紀通証』などで述べられているが、
立地的に見て、宮を営むのに適地ではないとし、
保田與重郎氏はこの白山神社付近をその候補地とした。
三輪明神摂社 玉列神社
玉列神社から音羽山を望む
初瀬川・馬井手橋より上流方向を望む
馬井手橋から少し下った地点から三輪山を望む